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【おとなの進路教室】 [こんな本、読んだ]

またもや読書感想です。
レビューではありません。
と言っても、忙しいので覚書、走り書き、乱文になってしまうと思います。

なので見にくいですので、お時間のある方だけご覧くださいm(_ _)m

また、自分にとって印象に残った文を抜き書きしているので、
もしここで紹介した本の内容に興味がある方がいらっしゃる場合は、
本を読む前に先に内容が分ってしまいます(いわゆる、ネタばれと言うやつです)ので
ご注意・ご了承くださいm(_ _)m

ちなみに、著作権に配慮して著作物の「引用」部分は『』で表記したり
分るように明記したつもりです。
もし、著作権を逸脱するような行為であれば、ご指摘頂けると嬉しいです。


では行きますか。
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おとなの進路教室。

おとなの進路教室。

  • 作者: 山田 ズーニー
  • 出版社/メーカー: 河出書房新社
  • 発売日: 2007/03/16
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



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友人が読んでいたのをきっかけに興味を持ち、このたび読むことになりました。

「ほぼ日刊イトイ新聞」の大人気コラム「おとなの小論文教室。」から、出版された最新コラム集です。
「ほぼ日刊イトイ新聞」て、私はあまりよく知りませんが、人気みたいですね。

作者はベネッセコーポレーションで編集という仕事を通し、
高校生のための小論文を書く教育に16年携わり、
退職、その後フリーで仕事をしている女性です。
教育家でもあり、コラムニストでもあり。。。一言で肩書を説明できません・・・。
ベネッセで編集長をされてたくらいの人だから、さぞ優秀な大学を出て
新卒で採用されたエリートなんだろうとおもっていましたが、
数年は正社員ではなく、低い待遇の中、正社員になることを目標に働かれていたそうです。
最終的には編集長にまでなったので優秀な方なのでしょうが、
最初から日のあたる道をずっと歩いてこられたのではないようです。


この本は冒頭に

『特効薬ではありません
 でも、自分の考えを引き出すのによく利きます。 』

と、書いてあるように
効率よく生きる方法だったり、
成功する方法だったり、
よくある自己啓発本のようなテクニックだったり、
耳触りのよい精神論だったり、が書いてあるわけではありません。
仕事を通して、切実に、切実に

 自分と向かい合って、
 社会と向かい合って、

 自分で考え、
 自分の心の声に耳を澄まし、
 よそよそしい他人と、社会と、必死につながっていこうとする

泥臭さがある本でした。
著者の息遣い・・・というか、手触りがあるというか。

著者の経験を通して身に付いた「社会で生きるときの気構えや真剣さ」がまっすぐに伝わってきて、
すごく身が引き締まる本でした。

とくに、「第2章 働くってどういうこと?」の「勉強なんてしないでください」が印象に残りました。

一つの例として、次のような話がありました。
 フリーライターとして、とある仕事でそうそうたる面々の中仕事をしたAさんが、
 大変ではあったけれど、充実した仕事内容だったので、最後に
 『(良い経験が出来、)大変勉強なりました。』
 とメンバーに言ったところ
 『勉強なんてしないでください、私たちはプロなんですから。』
 と言われ、自分のプロ意識の薄さに襟を正したくなった、と。

また
  『5000円使って勉強してください』
  『5000円稼いできてください』
 どちらが楽しくて、楽か?という問いかけがある。
当然だけど勉強の方が楽で楽しい。

要は(お金を払うだけの意味のある)価値を【吸収】するより、【生み出す】・【提供】する方がよっぽど大変で、
それがつまり【仕事】なのだと。

そして、次のようなことも述べられている。
 何かの壁にぶつかったとき、自分の力不足を感じ「勉強しなきゃ」と思うことがあるけれど、
 その中身は意外にあいまいだったりする。
 「勉強すること」自体が悪いことなのではない。勉強は大事だ。
 だけどその前に「自分はちゃんと仕事をしているのか?」と自身に問わなければいけない。
 そして「今の自分」で何が出来るのかを考えることも大事だと。

 自分の仕事を評価するのは、  
 身内でもなく、愛する人でもなく、友達でもなく、赤の他人。
 社会に出たら他者とのせめぎあいだらけで、
 表現しなければ存在すらも認めてもらえない。
 そこでは好きや嫌いを超えた人間の付き合いが必要で、それを恐れてはいけない。

ここで書かれていることは社会で働く上では極めて基本的な話だと思う。
だけど、
 ちゃんとプロとして仕事をしているのか?
 好き嫌いを超えて他者とつながっているか?
そう問われて、自信を持って答えられる人ばかりでないと思う。

確かに、血のにじむような?保育士の勉強でさえ、私にとっては楽しいことだった。
仕事じゃないのだから、楽なのは当然・・・。

期せずしてもう一度社会にエントリーしようと思っている自分にとって
非常に考えさせられる話だった。
「勉強」ではなく「仕事」をしなければ。。。と。

この本に出会う前から
 自分の根本をはっきりさせずに、
 枝葉の部分でごまかすような生き方はもう辞めよう。
 実のある勉強をしよう。
 恥をかくことを恐れたり、出し惜しみしたりすることも辞めよう。
 社会では誰も答えを教えてくれないのだから、自分で体当たりで答えを探そう。
 そして、何よりもまず、自分の立ち位置をはっきりさせ、ビジョンを持とう。
と思っていたけれど、そのことを再認識することになった。
もちろん、本に答えを求めていたわけではないけれど。。。

本書では『アイデンティティの組み換え』という言葉が使われているけれど、
正に自分に今起こっていることのように思えた。


他にも
 33歳病
 生きがいを変えろ
 自分をひらく

など、印象的な言葉があり、自分の辞書にエントリーすることにした(笑)

成功者による人生指南書はどうも胡散臭くて苦手なのだけど、
作者から、常に考え続け、揺れている危うさを感じ、共感できる部分が大いにあった。

たぶん、何度か読み返すことになると思う。

エリクソンの発達課題 [こんな本、読んだ]

スイマセン、「ピアノ練習記」と言いつつ違う方向性になりつつありますm(_ _)m
ピアノもちゃんと練習してます(笑)


今回は保育士の試験勉強中に学んだ「エリクソン」の発達課題が
とても印象に残ったので覚書しておきます。

wikipediaより
【エリクソン(Erik Homburger Erikson, 1902年6月15日 - 1994年5月12日)
  ・・・発達心理学者で、精神分析家。】

エリクソンは人間の発達段階とその心理的側面を以下のように示しています。
左が成功した場合、右が不成功だった場合の心理的側面になります。

             (成功)       (不成功)
第1期 乳 児 期 :基本的信頼 対 不信感
第2期 幼 児 前 期:自律性    対 恥・疑惑
第3期 幼 児 後 期:積極性    対 罪悪感
第4期 児 童 期 :勤勉性    対 劣等感
第5期 青 年 期 :同一性 対 同一性拡散
第6期 初期成人期 :親密性  対 孤立
第7期 成 人 期 :生殖性  対 自己停滞
第8期 成 熟 期 :統合性  対 絶望

これって、何のことか分らないかもしれませんが、
例えば、
乳幼児期は保護者等と親密な信頼関係を築けるかが発達課題であり、
成功した場合は「基本的信頼」を持ち、不成功の場合は「不信感」を持つということ。
それは、保護者との信頼関係というだけでなく、
おそらく広い意味で『人間に対する信頼』を持てるかどうか、ということだと
私は解釈してます。

また、各段階の発達課題が乗り越えられないと、次の発達課題が乗り越えられないということではありません。
乗り越えた課題がまた逆戻りすることもありますし、
100%成功とは言えない場合の方が大いにあると思います。

私にとっては児童期の「勤勉性」 対「劣等感」も個人的に非常に興味深かったです。
「勤勉性」と言ってしまうと、「まじめに勉強出来る子」か、という風に捉えられてしまうかもしれませんが、
そういう意味ではなく、幼児期まで他人と比べられたりすることがあまりなかったこどもたちが、親の手を離れ
小学校に上がることで、成績をつけられたり、集団生活の中で順位を思い知らされたりしていくうちに、
 自信をつけていく子(これを「勤勉性」と言う)も居れば、逆に
 自分が大したことないと知り自信をなくす子(これを「劣等感」と言う)も居る
という解釈です。
なるほどな、と思います。

少し話は逸脱しますが、保育士の勉強をしている時に、
「集団での地位が低い子供は・・・(云々)」等の表現があり、
【集団の地位が低い子供】という残酷だけど明快な言葉が参考書等に
使われていることに非常に興味・関心を持ちました。
(おそらく、過去の試験にそのような表現があったのにも由来していると思われる)
 
エリクソンの発達課題で例えると
 「集団の地位が高い子」⇒「勤勉性」
 「集団の地位が低い子」⇒「劣等感」
となるのかもしれません。。。

とかく、育児、教育となると「皆が良い子に」「皆が大切」等の道徳感を
さまざまな機会に(メディアや学校等・・・)親子ともども植えつけられるのですが、
それ自体が悪いことではないのだけれど、
あまりに現実を無視している気がして、逆に不安になることがあったのですが、
そういう(不都合な)事実が認識されていることにホッとした記憶があります。


色々書きましたが、本題はここから(笑)

個人的には発達の第5期以降がめちゃくちゃ関心ありました。
簡単に説明すると、

 青年期(大体、就職初期まで)にアイデンティティの確立が出来るか?
       (要するに、自分を特性を知り、自分を活かす分野を探せるか、と言った感じです。)
 初期成人期(35歳くらいまで) に他人と親密な関係が出来るか?
       (要するに、結婚出来るか?や、他人と建設的で深い関係が築けるか?ということ)
 成人期(35歳以降) に次世代のために何が出来るのか?
       (子供を産み育てることや、地域や職場で後進を育てられるか?ということ)
 成熟期(だいたい退職以降)はこれまでの自分の人生を統合し、満足出来るか?

青年期から初期成人期までを見て、

 「あぁ・・・確かに大体こんな流れだった気がする」

と思い、今から100年位前の人が提唱したライフサイクルの形なのに
今の自分にも凄くあてはまっていて、
この辺の真理は今も昔も変わらないのだな、と考えさせらました。

自分としてはそういう明確な意識もなく大事な青年期と初期成人期を過ごしてしまい、
実は後悔することも結構ありまして。
自分がこの発達課題を乗り越えて来れたという自信はないのです(笑)
早く知りたかった!この発達課題!!
なんとなく、物事に当たるよりも
(間違っているかもしれないけれど)型枠をある程度決めて(自分の中で基準を立てて)物事に当たる方が、
うまくいくような気がするのは私だけでしょうか・・・?
あまりにもやみくもに過ぎて言った若かりし日を思い、そんなことを思うのです(笑)


で、成熟期の「不成功」の

 【絶望】

を見るとかなりドキっとしたというか・・・。
前課題がうまく乗り越えられていない自分が、最終課題を乗り越えられるのか?!と感じ、
今のままでは確かに、【絶望】とまでいかなくても、満足出来ない人生になるかも、なんて思ったり。。。

人生はその気になればやり直しがきくとは言うけれど、
やはり、そのステージ(年齢など)において出来ることと
出来ない(というか、めちゃくちゃ頑張ったり、何かを犠牲にしたりしないと出来ない)ことがあるから、
やはり、自分の置かれてるステージや社会的立場だったり、諸条件を無視して、
のんびり人生を構えてはいけないんだな、と感じさせられた提言でした。

勿論、人生に対して切実に思いを持ちながら生きてる人ばかりではないし、
全ての人にあてはまる訳ではないのだろうけど、少なくとも自分にはとても大きなインパクトがありました。


保育士の勉強をしてて、こういう
【単に受験のためだけでなく、自分の教養としてとても有意義だったこと】
は他にも結構ありました。
多くは時間がなくて書きとめれませんでしたが、
どうしてもこれだけは書いておきたくて書きました。
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【奇跡の人 ヘレン・ケラー自伝】 [こんな本、読んだ]

新カテゴリーを作りました。

自分が読んだ本の読書感想文を書きます。レビューではありません。
と言っても、忙しいので覚書、走り書き、乱文になってしまうと思います。

なので見にくいですので、お時間のある方だけご覧くださいm(_ _)m

また、自分にとって印象に残った文を抜き書きしているので、
もしここで紹介した本の内容に興味がある方がいらっしゃる場合は、
本を読む前に先に内容が分ってしまいます(いわゆる、ネタばれと言うやつです)ので
ご注意・ご了承くださいm(_ _)m

ちなみに、著作権に配慮して著作物の「引用」部分は『』で表記したり
分るように明記したつもりです。
もし、著作権を逸脱するような行為であれば、ご指摘頂けると嬉しいです。

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では本文


奇跡の人 ヘレン・ケラー自伝 (新潮文庫)

奇跡の人 ヘレン・ケラー自伝 (新潮文庫)

  • 作者: ヘレン ケラー
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 2004/07
  • メディア: 文庫




この本を読もうと思ったのは、教育について興味が沸いてきていたのがきっかけ。

巷では教育本は数あるけれど、最近の著作は「売ること」が専攻してしまい
節操のない本が多い・・・ような気がするので、こういう
「昔からある」「偉人」モノを読もうと思った。

教育に関する真理は今も昔も変わらないと思うし。

で、本当は「ヘレン・ケラー」ではなく、「サリバン先生」について知りたいと思ったのです。
でも、いきなり「サリバン先生」について読もうとしてもやはり良く分からなくて、
(というのも、「ヘレン・ケラー」については目が見えなくて耳が聞こえない人だったな、
位の印象しかなく、前知識があまりにも無かったので)
急遽、ヘレンケラーについて調べようと思いこの本を手にしました。

因みに、これは子どもの頃に読んだ伝記とは違い、
22歳の時にヘレン・ケラー自らが書いているもの(だから「自伝」なのですが)です。

逆に言うと、何故今まで本人じゃないものを学校図書とかで読まされていたのかが疑問でした(笑)。
やはり、客観的に史実を淡々と書かれるよりも、本人の言葉でつづられるものの方が、
引力を持ってると思うので・・・・

すいません、前置き長くなりました[あせあせ(飛び散る汗)]

■ヘレン・ケラーについて(略歴) ↓(以下の略歴は、著作物より引用してます)
  1880年 6月27日 
        米国南部 アラバマ州 タスカンビア で産まれる
  1歳8カ月
        熱病により、視覚と聴覚を失う
  1887年 3月3日(6歳9か月)
        サリバン先生と出会う 非音声言語(指文字など)を学ぶ
  1890年 (10歳)
        話し方を学ぶ
  1900年 (20歳)
        ラドクリフ・カレッジに入学(ハーバード大学の女子部。現ハーバード大学)

本書は22歳の時に書かれたものなので、それ以降についてヘレン・ケラーの経歴を補足すると、
後に教育家・社会福祉事業家として、障害者の教育や福祉に貢献されました。
日本に何度か来られたこともあるようです。

目が見えない、耳が聞こえない、言葉が話せない、
(サリバン先生と出会ったころはモノに名称があるかどうかも知らず、身振りでコミュニケーションをとっていた)
という三重苦の女性が、言葉を話せるようになり、名門ハーバード大学に入学した、という
サクセスストーリーとして有名だったと私も記憶してますが、
自伝を読むことで、
 彼女がサリバン先生に出会う前はいかに暗闇の世界で苦しんでいたか、
 また、サリバン先生が外の世界と自分をつなげてくれたことがいかに救いだったか、
 心の中に溜っていたフラストレーションを解消するように、どれほどの情熱を持って学んでいったか、
 また、ハンディキャップのある彼女がいかに努力したか、
が分り、同じ人間として共感出来る部分が多くありました。

ただ、(批判する訳ではありませんよ)彼女の成功例というのは、、
「一つの例」にすぎず
また「奇跡の人」という言い回しが本当に絶妙だと思ったのですが、

 ・もともと彼女の持つ天才的な頭脳

   ⇒本書でも紹介されてますが、
     生後6か月で「こんにちは」と言えたり、
     熱病で視覚と聴覚を失う「1歳8カ月」までの、視覚的記憶があり
     家の周りの状況などを事細かに記しているなど、
     普通の子どもではあり得ない位の知能を持っていたと考えられました。
    
 ・家が裕福

   ⇒今日のような社会福祉が充実していない時代において、
     サリバン先生を家庭教師(というか、住み込みで24時間ヘレンと関わっている状態)を
     雇用出来るだけの財力


 ・サリバン先生を含め、温かく理知的な人間に沢山囲まれて支えられた事実
 
   ⇒なんと、文中にもありますが、電話の発明者である「グラハム・ベル」と懇意にしていて、
    ベルの計らいにより、盲学校を紹介され、サリバン先生と出会ったという経緯があるのです。
    ベルとの交流関係は、それだけでなく、成長してからも続きます。
    偉人あるところに、偉人あり、ですね。

    ちなみに、「グラハム・ベル」は科学者として有名なのですが、母親と夫人が聴覚障害者であり、
    実は聴覚障害者の教育に貢献していたことも、本書のあとがきに記されてます。
    耳の聞こえない人のために作った技術が、電話の開発につながったのだそうです。
    立派な方だったのですね。
    目も耳も聞こえないヘレン・ケラーのために、なんとかしてあげたいと思ったベルの優しさが
    分るエピソードでした。

を考えると、まさに「奇跡的な状況」で彼女の人格・才知が形成されていったのだと思います。
そういう意味で、汎用的な情報ではない、と感じました。


しかし、彼女のことは名前を知っていてもあまり良く分からないで居ましたが、
大人になって改めて知ってみると、
目が見えない、耳が聞こえない、という状態がいかなるものか、
子どもの頃よりは想像が出来、
彼女の孤独を思うと胸が締め付けられました。

彼女はものすごく努力して、
耳が聞こえない中でも「話す」ということは出来るようになったようですが、
人と会話する時に、相手が、指文字を使うことが出来ないと、相手の意思を知ることが出来ません。
また、多くの書籍は点字化されていないので、点字化されていないモノは人から
指文字で読んでもらうしか出来ません。
常に、外界との通訳者が居る状態です。(それがサリバン先生だったのですが)
多くの人に助けられ、支えられ、常に周りには沢山の人間が居たのだと思いますが、
心の中で抱えている孤独は、私には理解出来るようなものではなかったことでしょう。

明るく、
意志が強く、
負けず嫌いな性格だったと推察しますが、
文中に
 『それでも、のど元まで出かかった自暴自棄のことばを、私は決して言わない。
  こぼれなかった涙のように、その思いを飲みこみ、胸にしまっておくのだ。』
と有るように、偉業を成した彼女だからこそ、多くの苦しみを胸に抱えていたのかな、と思います。


それにしても彼女の文章は非常に清廉でみずみずしく、
多くの人間の深い愛情に支えられ、
清らかに成長していったのだろうな、と思わされました。

彼女の成長は、彼女と外の世界との窓口になったサリバン先生の存在抜きには語れそうにありません。

サリバン先生著の「ヘレン・ケラーはどう教育されたか」を合わせて読んでいきたいと思います。
(時間無いですが・・・(-_-)
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