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新しい先生 [ピアノ@練習]
実は4月から新しいピアノの先生につくことなりました。
以前の先生は日本の普通の音大ピアノ科卒の、
至って普通の先生だったけれど、人柄も良く、
とても楽しくレッスンをさせて頂いていました。
で、今季から様々な事情によりハイレベルな先生につくことになったのだけど、
その先生は、パリで修業されていたという経歴もさることながら、
演奏を聴いていると、【ピアノの先生】と言うよりは【演奏家】なのだと感じます。
一つ一つの音がとても豊かで、全体としてとっても音楽的なので。
数日前、新しい先生の初レッスンでした。
体験レッスンを受けたので、正確に言えば2回目なのだけど、緊張していました。
始めに自己紹介がてら幻想即興曲を最後まで通しで弾きました。
そこから75分間・・・駄目出しの嵐でした・・・
先生が指摘したことは大きく分けて二つあったのだけれど、
1)おそらく、先生は重力奏法というものをされているのだろうけれど、
私の奏法は余分な力が入りまくっていて根本的に間違っているという話でした。
2)また、私の演奏はハノン(指の独立のための教本)を弾いているようで
音楽的に全くNGということでした。
子供の頃からまともに部活をしたこともなく、
真面目になにかを取り組んだことのない私にとって、
大人になって初めて75分間も駄目だしされ続けるというのは精神的にかなりこたえました。。。
穏やかな先生なんだけど、やっぱり的確過ぎて辛い。。。
色々指摘されているうちに、別の曲のように感じてしまい
普段弾けるパートも何をやってるのか分からなくなって崩壊気味に・・・。
あまりの出来なさっぷりに始まって40分位で帰りたくなりました。
でも流石にそんな情けない自分は嫌だったので、
気持ちを立て直して最後までとにかく指摘されながらも全力でやりました。
終わってみて思ったことは
2)については努力でなんとかなるかもしれないと思ったけれど、
1)については出来ないかもしれない、てこと・・・
先生が音の響きについて【悪い例】と【良い例】を弾き分けてくれて、
その違いは横に居てすぐに分かりました。
なのに、自分で弾いてる時に響きの違いが聞き分けられない。。。
先生が「駄目だ」と言う時と、「今のは良かった」と言う時の違いが
本当にうっすら感じる程度にしか分からない。
先生が褒めてくれても何のこっちゃ分からない。
なんでこんなに分からない?!
半分パニックになりました。
自分で分からないモノは直しようがない。
確証を持って良いと悪い区別できないのだから
家に持ち帰って練習しようにも出来ない。
練習しても悪い癖がついてるだけなのかもしれないし。
自分の弾き方が根本的に悪いのは分かっていて、
それを直したいのも、この先生についた理由ではあったけど、
今後やっていけるか自信ない。。。
次回のレッスンで全く成長して居ない自分を晒すのが目に見えていて怖い。
自分の中で色々とモヤモヤとしてしまい、
不安にな日々が続きました。
でもとりあえず、一生懸命、先生に言われたことを思い出しながら練習していました。
そうのうちに自分なりに
「先生が言いたかったのはこういうことなのかも」
という答えが少し見えてきました。
間違ってるかもしれないけれど・・・
重力奏法については、ネットでは色々情報がありますが、
そういうものは一切調べず、先生が自分に対してガチに言って下さったことだけを
頼りにしました。
余計な情報を入れると混乱しそうだったので。
大変だけど、最低3カ月は自分なりに頑張って行こうと思います。
3カ月やってみて全く成長が見られなかったら、その時はまた改めて考えようと思います。
また、
自分にとっての【ピアノという存在】についてもまた色々考えました。
実は、ピアノ演奏が苦痛になったらすっぱりやめようと心に決めています。
言いかえれば、そうならないように自分自身が心のバランスを取り続けなければいけないと思っています。
とは言え、ピアノ演奏は真剣に向き合えば向き合うほど苦しい道を通るというのも
昔から知っています。
ピアノが苦痛になるくらいなら、そういう苦しい道は通りたくないと思ってます。
でも素敵に演奏したいとも思ってます。
甘い考えかもしれません・・・・・甘いと思います。
そもそも何故ピアノを弾いてるのかだけど、それはただただ楽しくて好きだからです。
理屈じゃなくて。
子供の頃全くまじめにやっていなかったピアノを
大人になってから急に弾きたいと思ったのは自分でも不思議だったけれど、
でも【これが私が好きなものなんだ!】と気付いた時の感動は、本当に純粋でした。
今まで生きてきて、
【何かが好きでたまらない】なんて感情は殆ど感じたことが無かったので、
それは大事な感情だと思うし、
そういう言う気持ちを無視して、裏切って失った喪失感も痛いほど分かるので、
この気持ちは大事にしなければいけない尊いものだとと強く感じてます。
またピアノは自分の人生が反映されているモノだとも思います。
今まで生きてきて思ったことだけど、
眉間にしわを寄せて頑張って、苦労して手に入れたものより
ただただ楽しい気持ちを積み上げてきたものの方が、
【強い】気がします。
少なくとも自分の中では。
だから、ピアノで苦労なんて絶対したくないと思ってます。
苦しみたくないし、
強制されたくもないし、
悲愴感も持ちたくない。
【ピアノを好き】という自分の気持ちを大事にしないのは、
沢山の喜びをくれたピアノそのものを裏切ってるような気持ちになるから。
何も分からない子供のうちに始めるのではなく、
大人になって【自分】というものが確立してから始めているので
多分、とても頑固でわがままで柔軟性に欠ける考え方かもしれないけど、
これが、正直な気持ちです。
だから、私はこれから新しい先生について、色々大変な思いもあるかもしれないけれど、
後からその期間を振り返って
「あの時は苦労したな」
なんて絶対思いたくない。
「色々大変だったけど、でもやっぱり楽しかった」
そう思える時間になるよう、頑張ります![[グッド(上向き矢印)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/145.gif)
色々生意気言ってすいません![[あせあせ(飛び散る汗)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/162.gif)
ということで、、、頑張りますね
以前の先生は日本の普通の音大ピアノ科卒の、
至って普通の先生だったけれど、人柄も良く、
とても楽しくレッスンをさせて頂いていました。
で、今季から様々な事情によりハイレベルな先生につくことになったのだけど、
その先生は、パリで修業されていたという経歴もさることながら、
演奏を聴いていると、【ピアノの先生】と言うよりは【演奏家】なのだと感じます。
一つ一つの音がとても豊かで、全体としてとっても音楽的なので。
数日前、新しい先生の初レッスンでした。
体験レッスンを受けたので、正確に言えば2回目なのだけど、緊張していました。
始めに自己紹介がてら幻想即興曲を最後まで通しで弾きました。
そこから75分間・・・駄目出しの嵐でした・・・
先生が指摘したことは大きく分けて二つあったのだけれど、
1)おそらく、先生は重力奏法というものをされているのだろうけれど、
私の奏法は余分な力が入りまくっていて根本的に間違っているという話でした。
2)また、私の演奏はハノン(指の独立のための教本)を弾いているようで
音楽的に全くNGということでした。
子供の頃からまともに部活をしたこともなく、
真面目になにかを取り組んだことのない私にとって、
大人になって初めて75分間も駄目だしされ続けるというのは精神的にかなりこたえました。。。
穏やかな先生なんだけど、やっぱり的確過ぎて辛い。。。
色々指摘されているうちに、別の曲のように感じてしまい
普段弾けるパートも何をやってるのか分からなくなって崩壊気味に・・・。
あまりの出来なさっぷりに始まって40分位で帰りたくなりました。
でも流石にそんな情けない自分は嫌だったので、
気持ちを立て直して最後までとにかく指摘されながらも全力でやりました。
終わってみて思ったことは
2)については努力でなんとかなるかもしれないと思ったけれど、
1)については出来ないかもしれない、てこと・・・
先生が音の響きについて【悪い例】と【良い例】を弾き分けてくれて、
その違いは横に居てすぐに分かりました。
なのに、自分で弾いてる時に響きの違いが聞き分けられない。。。
先生が「駄目だ」と言う時と、「今のは良かった」と言う時の違いが
本当にうっすら感じる程度にしか分からない。
先生が褒めてくれても何のこっちゃ分からない。
なんでこんなに分からない?!
半分パニックになりました。
自分で分からないモノは直しようがない。
確証を持って良いと悪い区別できないのだから
家に持ち帰って練習しようにも出来ない。
練習しても悪い癖がついてるだけなのかもしれないし。
自分の弾き方が根本的に悪いのは分かっていて、
それを直したいのも、この先生についた理由ではあったけど、
今後やっていけるか自信ない。。。
次回のレッスンで全く成長して居ない自分を晒すのが目に見えていて怖い。
自分の中で色々とモヤモヤとしてしまい、
不安にな日々が続きました。
でもとりあえず、一生懸命、先生に言われたことを思い出しながら練習していました。
そうのうちに自分なりに
「先生が言いたかったのはこういうことなのかも」
という答えが少し見えてきました。
間違ってるかもしれないけれど・・・
重力奏法については、ネットでは色々情報がありますが、
そういうものは一切調べず、先生が自分に対してガチに言って下さったことだけを
頼りにしました。
余計な情報を入れると混乱しそうだったので。
大変だけど、最低3カ月は自分なりに頑張って行こうと思います。
3カ月やってみて全く成長が見られなかったら、その時はまた改めて考えようと思います。
また、
自分にとっての【ピアノという存在】についてもまた色々考えました。
実は、ピアノ演奏が苦痛になったらすっぱりやめようと心に決めています。
言いかえれば、そうならないように自分自身が心のバランスを取り続けなければいけないと思っています。
とは言え、ピアノ演奏は真剣に向き合えば向き合うほど苦しい道を通るというのも
昔から知っています。
ピアノが苦痛になるくらいなら、そういう苦しい道は通りたくないと思ってます。
でも素敵に演奏したいとも思ってます。
甘い考えかもしれません・・・・・甘いと思います。
そもそも何故ピアノを弾いてるのかだけど、それはただただ楽しくて好きだからです。
理屈じゃなくて。
子供の頃全くまじめにやっていなかったピアノを
大人になってから急に弾きたいと思ったのは自分でも不思議だったけれど、
でも【これが私が好きなものなんだ!】と気付いた時の感動は、本当に純粋でした。
今まで生きてきて、
【何かが好きでたまらない】なんて感情は殆ど感じたことが無かったので、
それは大事な感情だと思うし、
そういう言う気持ちを無視して、裏切って失った喪失感も痛いほど分かるので、
この気持ちは大事にしなければいけない尊いものだとと強く感じてます。
またピアノは自分の人生が反映されているモノだとも思います。
今まで生きてきて思ったことだけど、
眉間にしわを寄せて頑張って、苦労して手に入れたものより
ただただ楽しい気持ちを積み上げてきたものの方が、
【強い】気がします。
少なくとも自分の中では。
だから、ピアノで苦労なんて絶対したくないと思ってます。
苦しみたくないし、
強制されたくもないし、
悲愴感も持ちたくない。
【ピアノを好き】という自分の気持ちを大事にしないのは、
沢山の喜びをくれたピアノそのものを裏切ってるような気持ちになるから。
何も分からない子供のうちに始めるのではなく、
大人になって【自分】というものが確立してから始めているので
多分、とても頑固でわがままで柔軟性に欠ける考え方かもしれないけど、
これが、正直な気持ちです。
だから、私はこれから新しい先生について、色々大変な思いもあるかもしれないけれど、
後からその期間を振り返って
「あの時は苦労したな」
なんて絶対思いたくない。
「色々大変だったけど、でもやっぱり楽しかった」
そう思える時間になるよう、頑張ります
色々生意気言ってすいません
ということで、、、頑張りますね
年度始まり [ほっこりとした日常etc]
毎週1回、子供に勉強を教えるボランティアをしています。
実は先週の土曜日が、今年度の初日でした。
久しぶりに子供らの顔を見て、ホッとしました。
子供によっては年度が替わると様々な事情により来なくなる子も居るので。。。
真面目な子供は少ないけれど、皆それぞれに事情を抱えながら
ここに来てるんだと思うと少しでも何かを得て帰ってほしいと感じます。
また、その日は新しい講師の方(大学の教育学部生)も一人来られてました。
昨年度で2人の先生が卒業とともに去ってしまったので、人員追加にホッとしました。
若い女性の先生ですが、初日とあって緊張されていてフレッシュな感じがしました(笑)
私も初日は
「子供たちが受け入れてくれるかな?」とか
「自分は役不足にならないかな?」とか
色々と考えたものでしたが、彼女を見ているとそういう昔の自分を思い出されて
感慨深いモノがありました。
自分はここに来るようになってから、子供が好きなんだな、とつくづく感じます。
勿論中学生くらいになると、新しい先生をすぐには受け入れてくれないし、
「●ね」「こ●す」などのボキャブラリーの子も居て、結構言うこともキツイし、
未だに何考えてるか分からな子も結構居て、怖い時もありますが、
それでもそこに居ることがなんだか楽しいです(笑) 変でしょう
でも、不良っぽい子が、少しずつ勉強する気になってる変化とか見てると、凄く楽しい。
みんなどういう風になっていくんだろう、これから![[揺れるハート]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/137.gif)
それから、今年の中3に一人、よく勉強のできる子が一人いて、その子をなんとか
本人の希望する進学校に合格させてあげたいな、と思って、今別メニューを考えてます。
彼は塾には行ってないので、出来れば色々とフォローしてあげたい。
勿論、努力するのは本人だけど、問題の傾向や必要なテクニックなどはこちらで有る程度把握して情報提供してあげたい、学校の先生には任せておけないし(笑)
てことで、県の高校受験の過去問とか分析してます。
まだ息子は年中さんだから当分我が家としては関係ないんだけど、
色々と勉強になってます![[ハートたち(複数ハート)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/139.gif)
あと、もの凄い数字に対する感性が悪い子が結構居て、
例えば、
・298は300から2を引いた値である
・16は4×4または2×8である
といったことを、言ってもなかなかピンと来ないみたいです。
理解できない訳ではなく、理解するのに凄く時間が掛るんです。
私はこういうつまづき方をしたことが無いのですが、苦手な子にとっては
数字はかなり楽しくないモノみたいです。
小学6年生・中学生でこの状態↑なので、もっと難しいこと(証明やグラフなど)を
今後やっていこうにも多分どんどんしんどくなっていくだろうな・・・と今から頭を痛めています![[ふらふら]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/144.gif)
こういう子に、数字にもっと親しんでもらうにはどうすれば良いのでしょうか。
何か良い案ありますか??
あったら教えてもらえると嬉しいです![[わーい(嬉しい顔)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/140.gif)
勿論ボランティアなので、やれることの限界はありますが、
子供との時間を大事にしつつ、やれる範囲でやって行こうと思います
実は先週の土曜日が、今年度の初日でした。
久しぶりに子供らの顔を見て、ホッとしました。
子供によっては年度が替わると様々な事情により来なくなる子も居るので。。。
真面目な子供は少ないけれど、皆それぞれに事情を抱えながら
ここに来てるんだと思うと少しでも何かを得て帰ってほしいと感じます。
また、その日は新しい講師の方(大学の教育学部生)も一人来られてました。
昨年度で2人の先生が卒業とともに去ってしまったので、人員追加にホッとしました。
若い女性の先生ですが、初日とあって緊張されていてフレッシュな感じがしました(笑)
私も初日は
「子供たちが受け入れてくれるかな?」とか
「自分は役不足にならないかな?」とか
色々と考えたものでしたが、彼女を見ているとそういう昔の自分を思い出されて
感慨深いモノがありました。
自分はここに来るようになってから、子供が好きなんだな、とつくづく感じます。
勿論中学生くらいになると、新しい先生をすぐには受け入れてくれないし、
「●ね」「こ●す」などのボキャブラリーの子も居て、結構言うこともキツイし、
未だに何考えてるか分からな子も結構居て、怖い時もありますが、
それでもそこに居ることがなんだか楽しいです(笑) 変でしょう
でも、不良っぽい子が、少しずつ勉強する気になってる変化とか見てると、凄く楽しい。
みんなどういう風になっていくんだろう、これから
それから、今年の中3に一人、よく勉強のできる子が一人いて、その子をなんとか
本人の希望する進学校に合格させてあげたいな、と思って、今別メニューを考えてます。
彼は塾には行ってないので、出来れば色々とフォローしてあげたい。
勿論、努力するのは本人だけど、問題の傾向や必要なテクニックなどはこちらで有る程度把握して情報提供してあげたい、学校の先生には任せておけないし(笑)
てことで、県の高校受験の過去問とか分析してます。
まだ息子は年中さんだから当分我が家としては関係ないんだけど、
色々と勉強になってます
あと、もの凄い数字に対する感性が悪い子が結構居て、
例えば、
・298は300から2を引いた値である
・16は4×4または2×8である
といったことを、言ってもなかなかピンと来ないみたいです。
理解できない訳ではなく、理解するのに凄く時間が掛るんです。
私はこういうつまづき方をしたことが無いのですが、苦手な子にとっては
数字はかなり楽しくないモノみたいです。
小学6年生・中学生でこの状態↑なので、もっと難しいこと(証明やグラフなど)を
今後やっていこうにも多分どんどんしんどくなっていくだろうな・・・と今から頭を痛めています
こういう子に、数字にもっと親しんでもらうにはどうすれば良いのでしょうか。
何か良い案ありますか??
あったら教えてもらえると嬉しいです
勿論ボランティアなので、やれることの限界はありますが、
子供との時間を大事にしつつ、やれる範囲でやって行こうと思います
今この瞬間を一生懸命生きる [ほっこりとした日常etc]
今回は全然ピアノとは関係ない話題です。
しかも、全然ほっこりとしていない、ネガーがティブな話題が中心ですが、
最近自分が強く感じたことなので、記事に覚書ます
スイマセン。
一応それなりにポジティブな結末ではありますが、暗い話が苦手な人はスルーして下さい。
実は、いくつか前の記事で、友人と絶縁したということを書いたと思います。
発端は少し前の事ですが、現在進行形の部分もあり、それを通して、自分の心の中で色々と
感じたことがあり、それらについて書いていきます。
要約するのは主観が入ってしまうのであまり本意ではないのですが、
彼女とのこれまでのやりとり(メール等の)をそのままここに書いても、
このブログをいつも読んで下さる方はきっと嫌な気持ちしかしないと思うので
自分の目を通しての事の顛末と結論を書きます。
はじめに・・・
私は、彼女Kの事を人間的に信用していました。
子供が生まれてから、子供を通して出会った人ですが、
とても信頼していて、2年くらいずっと一緒に過ごしてきました。
一緒に晩御飯を食べることもあったし(これはママ友の付き合いとしては普通ではないと思う)、
一緒に旅行に行くこともありました。
話題は子供のことだけでなく、
お互いの悩みを相談することもあったし、
バカ話をして過ごすこともありました。
ある意味家族よりも一緒に過ごす時間が長かったです。
そういう関係でしたが、
子供の入園⇒Kの就職を通して、
一緒に過ごす時間が減った瞬間、Kから
「自分にとって益が無いからもう関わらないで」
と言われた形になりました。
一方的に私や子供の文句を言われ、
「最近は一緒に居るのも苦痛だった」とか
「自分にとって都合の良い人とだけ付き合って下さい」とか
暴言をメールで送りつけられた上、着信拒否されました。
本当に
「【発つ鳥、跡を濁す】というのはこういうことを言うのね」
というくらい、酷い絶縁のされ方でした。
別にKが私を嫌ったとしても人間関係なので仕方ないですが、
子ども同士友だちで、同じ園に通っていて、
こんな酷いことをしてどうして平気なのか意味が分かりませんでした。
嫌なら避けてくれてたら良いのに。
はっきりとした【別れ】なんて必要なかったはずです、男女の別れじゃなし。。。
それに、「最近は一緒に居るのが苦痛だった」と言われても、
「だったら誘わなきゃいいじゃん?」としか言いようがない。。。
Kから誘ってくることの方が多かったし、最後に会った時もそうだった。
仕事ではないので、無理に一緒に居る必要は無かったはず。
義務じゃないんだから、それくらいは自分で判断・コントロールして下さい、としか言いようがない。
私はKの保護者でもなければ、彼氏でもないのだから。。。
自分としては対等な関係のつもりで接していたし、
Kを不当に扱ったつもりも無かったのに、
自分の弱さを棚に上げて、
何もかも人のせいにして、
子供たちの気持ちなど考えず、
一方的に暴言だけメールで送りつけて
開き直った上、
着信拒否、
意味が分からない・・・
電話が通じないから直接話ようもない・・・
そういう状態が数日続きました。
当然怒りや疑問は湧きましたが、これまでのことに対しては本当に感謝していたので
今までの私の態度で気に入らないところがあったのなら、それは悪かったという内容と
彼女の体を気遣う内容(Kは病気を発症したばかりだったので)と、
率直に信頼していたのでショックだったという内容と、
これまでのお礼
だけを、メールしました。
彼女が読んでるかどうかは分かりませんが。
自分の憤りや思いを伝えなかったのは、
彼女の様に自分勝手に怒りや不満をぶちまけるような真似は絶対したくなかったし、
私の中で、【彼女とは今後付き合わない】という結論が出ていたので、
今後付き合うつもりの無い人に不満や意見を伝えるのはなんだか間違っていると感じたからです。
それではただの攻撃になってしまう。
また、彼女がなぜそんな風になってしまったのかも大方想像がつきましたが、
私ではもうどうしようもないと判断したので、無責任に何かを伝えることもしませんでした。
彼女がとても理性的に話せる状況じゃないのも十分伝わったので、
子供のことを考えると関わり合ってはいけない、とも思いました。
自分の中では粛々と結論は出たし、
多くを期待していたつもりも、
依存していたつもりもないですが、
人として信用していたので、
やはり嫌な気持ちはすっきりと消えませんでした。
その上、以前ほど時間を共有することはなくても、どうしても園の送り迎えのタイミングが合えば
会うことになります。
「別に私は人に恥じることはしてないから気にしないし、
気にすることではない」
と思っていても、気まずさは消えません。
Kの子供とうちの子は送り迎えで一緒になると一緒に帰りたがったり遊びたがったりします。
関わり合うにはなるべく避けたくとも、子ども同士が近付いていってしまいます。
それに、そもそも子供には何の罪も無いので、それを止めることは親のエゴだと思うし、
なるべく無理に止めないようにしていました。
結果、
子供同士は仲良くしてるけれど、
私とKは目も合わさない、
というなんとも不自然な状態が何カ月も続いています。
また、
Kの子 :「今度うちに遊びに来てね♪」
うちの子 :「また遊ぼうね♪」
と嬉しそうに話しているのを見る時は、なんともやるせない気持ちになりました。
園でKに会うたび、とても嫌な気持ちでしたが、
これについても、時間と共に慣れて来ました。
自分からは触らず、関わらず、
「Kの子が話しかけてきてくれた時だけ、これまで通り楽しく返してあげよう」
と、心に決めて過ごしてました。
それに、正直
「もう結論でてるし、考えるのもアホくさいから忘れよう。
大人としてやることやるだけ。」
と思ってました。
でもそんなある日、送り迎えの時にKの旦那さんにとても攻撃的な態度を取られました。
それを機に自分の中で
プツッ・・・
と何かがキレました。
これまで、理性的に押さえていたものが爆発したと言うか・・・
おまえ(旦那)、関係ないやろ!
てか、旦那にどんな説明しとねん!
どんだけ被害者のつもりやねん!
ほんまこっちが常識的に対応しとったら、舐めやがって!!!!
ふざけんな~~~~~~~!!! 恥知らず~!!
と、次から次から怒りが爆発(笑) 【注:怒ったら関西人に戻る】
もう、今すぐハリ倒したいくらいの怒りで一杯になりました。
今となっては、自分はかなり怒りを押し殺してたんだなぁ、と思います。
あ、実際にシバいてはないですよ(笑) 念のため。
でも
ここまでコケにされるとは・・・
情けないやら悔しいやら、
でも怒りのぶつけようもなく、ただ怒りに震えるばかり。
それからが大変で、園の送り迎えがもの凄く気が重くなり、
Kの車を見ただけで気分が悪くなり、
街中でKの車と似た車を見ただけで気分が悪くなり、
Kを実際に見た時は、黒い感情で一杯になり、
本当に辛かった。
どうなってしまった、私!?!!
て感じで。。。
こちらはこんなに嫌な気持ちになってるのに、
平然と日常を過ごしている(ように見える)Kが更に憎くてたまらない・・・と言った感じ。
送り迎えの時もしんどいし、
送り迎えから帰った後も、そういうネガティブな感情を引きずる感じ。。。
そういうとてもイヤーな感情に支配されて、とても辛かった。
自分でもやばい・・・とは思っても中々気持ちが切り替えられなかったし。
自分らしさを失ってしまいそうでとても動揺した。
うちの子は4月から2年保育の幼稚園に入園することが決まっていたので、
「4月までの我慢、あとは時間が解決するから」
と、自分に言い聞かせて通っていた。
でもこれはKが悪いというより、私自身の心の持ち方の問題だというのも気づいていた。
でも自分は何を気付く必要があるのか分からなくて、悶々としていた。
とても辛い時期が数日続いて、
でもある日、ふっと気付いた
私は今のこの瞬間を一生懸命生きてない
て。
嫌なことはあったけれど、別にKは現在進行形で私を傷つけてる訳ではない。
それに、人間関係なのだから、こういう嫌な結末があっても仕方がない。
なのに、私は一つの結末を迎えているのにも関わらず、いつまでも怒りを抱えていて、
その怒りに支配されている。。もう終わってるのに。。。
ある意味、平然と生活してるKの方が正解かもしれない。
怒りにとらわれて今この瞬間を一生懸命生きてない、自分にはそういう弱さがある
と気付いた。
Kと会っていない時間でさえ怒りに支配されているなんて本当にばかげている。
しかもその怒りは過去のことだし、自分の妄想に近い部分だってある。
自分を苦しめてるのは自分の想像力。
そういうことを、とても強く感じた。
すると、不思議に怒りが一気にひいていった。
そして、送り迎えに偶然Kと会うことも苦痛でなくなった。
「Kの子とうちの子が一緒に居れるのもあと僅かだな・・・
寂しいけど、今日は2人が一緒に居るところを見れてよかったな。」
と思えるようになった。
Kの子とうちの子は2人きりで居る時は特に幸せそうだから。。。
園が変わったらもう完全に縁が切れてしまうわけだし、
今のうちにいっぱい会えたら良いな、なんて思いながら見送ることができるようになった。
いろいろ苦しかったけれど、園を変わるまでに気付けて良かったなぁ・・・
もちろんKを許す気持ちとは別だけど、なんだかとても大事なことを体感した気がする。
気持ちの持ち方で色々と見え方は変わる。
「今この瞬間を一生懸命生きることは大切」
よくわかってたつもりだけど、やっぱり分かってなかった。
大切な時間と(心と体の)エネルギー・・・もっと大事にしなきゃ・・・
色々気づくまでに時間がかかったけど、これからはもう、同じ過ちをしないようにしなければ。。。!!
そして今日は息子が保育園に通う最後の日。
ゆがんだ気持ちのままこの日を迎えずに済んで本当に良かった![[あせあせ(飛び散る汗)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/162.gif)
以上、
自分にとっては大事な気付きだったので、覚書しました。
最後まで読んでくださった人、ありがとう。長くてヘビーで失礼しました。。。
私はこんなややこしい奴だけど、よかったらこれからもよろしくお願いしますm(_ _)m
しかも、全然ほっこりとしていない、ネガーがティブな話題が中心ですが、
最近自分が強く感じたことなので、記事に覚書ます
一応それなりにポジティブな結末ではありますが、暗い話が苦手な人はスルーして下さい。
実は、いくつか前の記事で、友人と絶縁したということを書いたと思います。
発端は少し前の事ですが、現在進行形の部分もあり、それを通して、自分の心の中で色々と
感じたことがあり、それらについて書いていきます。
要約するのは主観が入ってしまうのであまり本意ではないのですが、
彼女とのこれまでのやりとり(メール等の)をそのままここに書いても、
このブログをいつも読んで下さる方はきっと嫌な気持ちしかしないと思うので
自分の目を通しての事の顛末と結論を書きます。
はじめに・・・
私は、彼女Kの事を人間的に信用していました。
子供が生まれてから、子供を通して出会った人ですが、
とても信頼していて、2年くらいずっと一緒に過ごしてきました。
一緒に晩御飯を食べることもあったし(これはママ友の付き合いとしては普通ではないと思う)、
一緒に旅行に行くこともありました。
話題は子供のことだけでなく、
お互いの悩みを相談することもあったし、
バカ話をして過ごすこともありました。
ある意味家族よりも一緒に過ごす時間が長かったです。
そういう関係でしたが、
子供の入園⇒Kの就職を通して、
一緒に過ごす時間が減った瞬間、Kから
「自分にとって益が無いからもう関わらないで」
と言われた形になりました。
一方的に私や子供の文句を言われ、
「最近は一緒に居るのも苦痛だった」とか
「自分にとって都合の良い人とだけ付き合って下さい」とか
暴言をメールで送りつけられた上、着信拒否されました。
本当に
「【発つ鳥、跡を濁す】というのはこういうことを言うのね」
というくらい、酷い絶縁のされ方でした。
別にKが私を嫌ったとしても人間関係なので仕方ないですが、
子ども同士友だちで、同じ園に通っていて、
こんな酷いことをしてどうして平気なのか意味が分かりませんでした。
嫌なら避けてくれてたら良いのに。
はっきりとした【別れ】なんて必要なかったはずです、男女の別れじゃなし。。。
それに、「最近は一緒に居るのが苦痛だった」と言われても、
「だったら誘わなきゃいいじゃん?」としか言いようがない。。。
Kから誘ってくることの方が多かったし、最後に会った時もそうだった。
仕事ではないので、無理に一緒に居る必要は無かったはず。
義務じゃないんだから、それくらいは自分で判断・コントロールして下さい、としか言いようがない。
私はKの保護者でもなければ、彼氏でもないのだから。。。
自分としては対等な関係のつもりで接していたし、
Kを不当に扱ったつもりも無かったのに、
自分の弱さを棚に上げて、
何もかも人のせいにして、
子供たちの気持ちなど考えず、
一方的に暴言だけメールで送りつけて
開き直った上、
着信拒否、
意味が分からない・・・
電話が通じないから直接話ようもない・・・
そういう状態が数日続きました。
当然怒りや疑問は湧きましたが、これまでのことに対しては本当に感謝していたので
今までの私の態度で気に入らないところがあったのなら、それは悪かったという内容と
彼女の体を気遣う内容(Kは病気を発症したばかりだったので)と、
率直に信頼していたのでショックだったという内容と、
これまでのお礼
だけを、メールしました。
彼女が読んでるかどうかは分かりませんが。
自分の憤りや思いを伝えなかったのは、
彼女の様に自分勝手に怒りや不満をぶちまけるような真似は絶対したくなかったし、
私の中で、【彼女とは今後付き合わない】という結論が出ていたので、
今後付き合うつもりの無い人に不満や意見を伝えるのはなんだか間違っていると感じたからです。
それではただの攻撃になってしまう。
また、彼女がなぜそんな風になってしまったのかも大方想像がつきましたが、
私ではもうどうしようもないと判断したので、無責任に何かを伝えることもしませんでした。
彼女がとても理性的に話せる状況じゃないのも十分伝わったので、
子供のことを考えると関わり合ってはいけない、とも思いました。
自分の中では粛々と結論は出たし、
多くを期待していたつもりも、
依存していたつもりもないですが、
人として信用していたので、
やはり嫌な気持ちはすっきりと消えませんでした。
その上、以前ほど時間を共有することはなくても、どうしても園の送り迎えのタイミングが合えば
会うことになります。
「別に私は人に恥じることはしてないから気にしないし、
気にすることではない」
と思っていても、気まずさは消えません。
Kの子供とうちの子は送り迎えで一緒になると一緒に帰りたがったり遊びたがったりします。
関わり合うにはなるべく避けたくとも、子ども同士が近付いていってしまいます。
それに、そもそも子供には何の罪も無いので、それを止めることは親のエゴだと思うし、
なるべく無理に止めないようにしていました。
結果、
子供同士は仲良くしてるけれど、
私とKは目も合わさない、
というなんとも不自然な状態が何カ月も続いています。
また、
Kの子 :「今度うちに遊びに来てね♪」
うちの子 :「また遊ぼうね♪」
と嬉しそうに話しているのを見る時は、なんともやるせない気持ちになりました。
園でKに会うたび、とても嫌な気持ちでしたが、
これについても、時間と共に慣れて来ました。
自分からは触らず、関わらず、
「Kの子が話しかけてきてくれた時だけ、これまで通り楽しく返してあげよう」
と、心に決めて過ごしてました。
それに、正直
「もう結論でてるし、考えるのもアホくさいから忘れよう。
大人としてやることやるだけ。」
と思ってました。
でもそんなある日、送り迎えの時にKの旦那さんにとても攻撃的な態度を取られました。
それを機に自分の中で
プツッ・・・
と何かがキレました。
これまで、理性的に押さえていたものが爆発したと言うか・・・
おまえ(旦那)、関係ないやろ!
てか、旦那にどんな説明しとねん!
どんだけ被害者のつもりやねん!
ほんまこっちが常識的に対応しとったら、舐めやがって!!!!
ふざけんな~~~~~~~!!! 恥知らず~!!
と、次から次から怒りが爆発(笑) 【注:怒ったら関西人に戻る】
もう、今すぐハリ倒したいくらいの怒りで一杯になりました。
今となっては、自分はかなり怒りを押し殺してたんだなぁ、と思います。
あ、実際にシバいてはないですよ(笑) 念のため。
でも
ここまでコケにされるとは・・・
情けないやら悔しいやら、
でも怒りのぶつけようもなく、ただ怒りに震えるばかり。
それからが大変で、園の送り迎えがもの凄く気が重くなり、
Kの車を見ただけで気分が悪くなり、
街中でKの車と似た車を見ただけで気分が悪くなり、
Kを実際に見た時は、黒い感情で一杯になり、
本当に辛かった。
どうなってしまった、私!?!!
て感じで。。。
こちらはこんなに嫌な気持ちになってるのに、
平然と日常を過ごしている(ように見える)Kが更に憎くてたまらない・・・と言った感じ。
送り迎えの時もしんどいし、
送り迎えから帰った後も、そういうネガティブな感情を引きずる感じ。。。
そういうとてもイヤーな感情に支配されて、とても辛かった。
自分でもやばい・・・とは思っても中々気持ちが切り替えられなかったし。
自分らしさを失ってしまいそうでとても動揺した。
うちの子は4月から2年保育の幼稚園に入園することが決まっていたので、
「4月までの我慢、あとは時間が解決するから」
と、自分に言い聞かせて通っていた。
でもこれはKが悪いというより、私自身の心の持ち方の問題だというのも気づいていた。
でも自分は何を気付く必要があるのか分からなくて、悶々としていた。
とても辛い時期が数日続いて、
でもある日、ふっと気付いた
私は今のこの瞬間を一生懸命生きてない
て。
嫌なことはあったけれど、別にKは現在進行形で私を傷つけてる訳ではない。
それに、人間関係なのだから、こういう嫌な結末があっても仕方がない。
なのに、私は一つの結末を迎えているのにも関わらず、いつまでも怒りを抱えていて、
その怒りに支配されている。。もう終わってるのに。。。
ある意味、平然と生活してるKの方が正解かもしれない。
怒りにとらわれて今この瞬間を一生懸命生きてない、自分にはそういう弱さがある
と気付いた。
Kと会っていない時間でさえ怒りに支配されているなんて本当にばかげている。
しかもその怒りは過去のことだし、自分の妄想に近い部分だってある。
自分を苦しめてるのは自分の想像力。
そういうことを、とても強く感じた。
すると、不思議に怒りが一気にひいていった。
そして、送り迎えに偶然Kと会うことも苦痛でなくなった。
「Kの子とうちの子が一緒に居れるのもあと僅かだな・・・
寂しいけど、今日は2人が一緒に居るところを見れてよかったな。」
と思えるようになった。
Kの子とうちの子は2人きりで居る時は特に幸せそうだから。。。
園が変わったらもう完全に縁が切れてしまうわけだし、
今のうちにいっぱい会えたら良いな、なんて思いながら見送ることができるようになった。
いろいろ苦しかったけれど、園を変わるまでに気付けて良かったなぁ・・・
もちろんKを許す気持ちとは別だけど、なんだかとても大事なことを体感した気がする。
気持ちの持ち方で色々と見え方は変わる。
「今この瞬間を一生懸命生きることは大切」
よくわかってたつもりだけど、やっぱり分かってなかった。
大切な時間と(心と体の)エネルギー・・・もっと大事にしなきゃ・・・
色々気づくまでに時間がかかったけど、これからはもう、同じ過ちをしないようにしなければ。。。!!
そして今日は息子が保育園に通う最後の日。
ゆがんだ気持ちのままこの日を迎えずに済んで本当に良かった
以上、
自分にとっては大事な気付きだったので、覚書しました。
最後まで読んでくださった人、ありがとう。長くてヘビーで失礼しました。。。
私はこんなややこしい奴だけど、よかったらこれからもよろしくお願いしますm(_ _)m
私の今日という日 [ピアノ@発表会etc]
今日は東日本大震災から1年という、日本人にとっては忘れられない日でした。
そして私にとってもメモリアルな一日でした。
なんと、ピアノを始めた頃からいつか参加したいと思っていた関西の某アマチュアピアノ団体の練習会に
初参加したのです。
これは私のピアノ道において1つもマイルストーンだったと思います。
朝から自宅を出て、練習会の行われている西宮まで、新幹線と地下鉄と阪急を乗り継ぎ
はるばる行きましたが、本当に行って良かったし、行けて良かったです。
皆さんの演奏は本当に素晴らしく、予想通り(予想以上)のもので、本当に刺激的でした。
演奏後、一人ひとり御挨拶をしたかったのだけれど、それは時間の都合で叶いませんでした。
でも、自分の感動を伝えたくて、お話しできる方には自分の感想を素直に伝えて回りました。
興奮していたと思いますw
あまりに褒めたりしたので、逆に警戒されかたも?!![[わーい(嬉しい顔)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/140.gif)
と思いましたが、
でもそれくらい心に残るモノが一杯あって、本当に素晴らしかった。
こんな凄い人たちの中に入って行けて良かったなぁ、なんて思いました。
また、色んな参加者の人にピアノ歴や今のレッスンについても不躾ながら聞いてみました。
「なるほど! その位長い年月をかけると、そんなに熟成された演奏ができるのか!」
と思うこともあれば、
「そんな短期間でこんなに素晴らしい演奏が出来るんですか?!」
と驚くようなこともあり、とても興味深かった。
色々な人がいたけれど、皆さん、
ピアノが好きで、
他の方の演奏に敬意を払っている、
という共通点が感じられて、本当に素敵だと思った。
当の私は
幻想即興曲(ショパン)
キラキラ星変奏曲(モーツァルト)
を弾いたけれど、ショパンは見事に撃沈した(笑)
走る、
滑る、
転ぶ、
で、筋肉マンか!!!(このネタ分かります?
)と突っ込みたくなった。
最後までとりあえず弾いたけど・・・て感じで、曲に見事にもてあそばれてしまった・・・
まだ曲を支配するに至らない。。。
何度も建て直そうとしても建て直せず、流れるように終わってしまった・・・
この曲・・・人前でそれなりに弾けるようになる日は来るのか?!!![[どんっ(衝撃)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/161.gif)
でも一つ自分で自分を褒めたいと思ったのは、
「あ~~弾けない!!!」
という気持ちは(負のオーラ?)は出さなかったことかな(ちょっと出てたか?!
)
先月、地元のサークルの練習会で【弾けてない!!】という焦りオーラ全開だった上、
演奏後言い訳まがいのことを言ったのが自分でもみっともない!!と反省していたのです。
全力でぶつからないと曲に失礼だ!
せっかくピアノ演奏する機会を頂いてるのだから、
自分の恥ずかしい云々よりもまずは演奏できる感謝が先だろ~!
と思っていたから、
演奏後、色々反省はあったけれど
「ありがとうございました」
と心から言えたのは一つの前進だったと思う。。。
そしてキラキラ星、
この曲は全員の演奏後、時間がまだ余ってたので
「遠方からはるばる来たから、是非もう一曲どうぞ」
と、代表者の方の計らいで演奏したのだけど、
全員の演奏を聞いてとても幸せな気持ちになってたので、
とてもリラックスして弾けました。
演奏後、この曲については色んな方から褒めて頂いて凄く嬉しかったです。
この曲は
技巧的でもないし、
難易度が高い訳でもないし、
ドラマチックでもないけれど、
私の心がタイトル同様キラキラしてくる曲なので、少しでもそれが他の方と共有できたのなら、
それは本当に幸せなことだと思うし、ピアノをやってて本当に良かったと心から思えました。
演奏後、14:46となり、
東日本大震災の被災者に向けて追悼式を行い、黙とうをしました。
メンバーの中には黙とう中泣いている方もいらっしゃったいました。
自分が今ここでピアノを弾けている幸せを噛みしめました。
ピアノは人生の中で絶対に必要なものではありません。
でも、そういうものを楽しめるのは本当に幸せなんだと思います。
今こうやってピアノが弾けることに本当に感謝です。
そして私にとってもメモリアルな一日でした。
なんと、ピアノを始めた頃からいつか参加したいと思っていた関西の某アマチュアピアノ団体の練習会に
初参加したのです。
これは私のピアノ道において1つもマイルストーンだったと思います。
朝から自宅を出て、練習会の行われている西宮まで、新幹線と地下鉄と阪急を乗り継ぎ
はるばる行きましたが、本当に行って良かったし、行けて良かったです。
皆さんの演奏は本当に素晴らしく、予想通り(予想以上)のもので、本当に刺激的でした。
演奏後、一人ひとり御挨拶をしたかったのだけれど、それは時間の都合で叶いませんでした。
でも、自分の感動を伝えたくて、お話しできる方には自分の感想を素直に伝えて回りました。
興奮していたと思いますw
あまりに褒めたりしたので、逆に警戒されかたも?!
でもそれくらい心に残るモノが一杯あって、本当に素晴らしかった。
こんな凄い人たちの中に入って行けて良かったなぁ、なんて思いました。
また、色んな参加者の人にピアノ歴や今のレッスンについても不躾ながら聞いてみました。
「なるほど! その位長い年月をかけると、そんなに熟成された演奏ができるのか!」
と思うこともあれば、
「そんな短期間でこんなに素晴らしい演奏が出来るんですか?!」
と驚くようなこともあり、とても興味深かった。
色々な人がいたけれど、皆さん、
ピアノが好きで、
他の方の演奏に敬意を払っている、
という共通点が感じられて、本当に素敵だと思った。
当の私は
幻想即興曲(ショパン)
キラキラ星変奏曲(モーツァルト)
を弾いたけれど、ショパンは見事に撃沈した(笑)
走る、
滑る、
転ぶ、
で、筋肉マンか!!!(このネタ分かります?
最後までとりあえず弾いたけど・・・て感じで、曲に見事にもてあそばれてしまった・・・
まだ曲を支配するに至らない。。。
何度も建て直そうとしても建て直せず、流れるように終わってしまった・・・
この曲・・・人前でそれなりに弾けるようになる日は来るのか?!!
でも一つ自分で自分を褒めたいと思ったのは、
「あ~~弾けない!!!」
という気持ちは(負のオーラ?)は出さなかったことかな(ちょっと出てたか?!
先月、地元のサークルの練習会で【弾けてない!!】という焦りオーラ全開だった上、
演奏後言い訳まがいのことを言ったのが自分でもみっともない!!と反省していたのです。
全力でぶつからないと曲に失礼だ!
せっかくピアノ演奏する機会を頂いてるのだから、
自分の恥ずかしい云々よりもまずは演奏できる感謝が先だろ~!
と思っていたから、
演奏後、色々反省はあったけれど
「ありがとうございました」
と心から言えたのは一つの前進だったと思う。。。
そしてキラキラ星、
この曲は全員の演奏後、時間がまだ余ってたので
「遠方からはるばる来たから、是非もう一曲どうぞ」
と、代表者の方の計らいで演奏したのだけど、
全員の演奏を聞いてとても幸せな気持ちになってたので、
とてもリラックスして弾けました。
演奏後、この曲については色んな方から褒めて頂いて凄く嬉しかったです。
この曲は
技巧的でもないし、
難易度が高い訳でもないし、
ドラマチックでもないけれど、
私の心がタイトル同様キラキラしてくる曲なので、少しでもそれが他の方と共有できたのなら、
それは本当に幸せなことだと思うし、ピアノをやってて本当に良かったと心から思えました。
演奏後、14:46となり、
東日本大震災の被災者に向けて追悼式を行い、黙とうをしました。
メンバーの中には黙とう中泣いている方もいらっしゃったいました。
自分が今ここでピアノを弾けている幸せを噛みしめました。
ピアノは人生の中で絶対に必要なものではありません。
でも、そういうものを楽しめるのは本当に幸せなんだと思います。
今こうやってピアノが弾けることに本当に感謝です。
最近の取り組み [ピアノ@思うこと]
今週は月曜にインフルエンザを発症し寝込んでました・・・
ようやく復調しましたが、まだ全快ではない感じです。
ピアノを昨日あたりから触ってますが、
ビックリするくらい弾けなくなってました。。。
弾けないというより、自分の指が
「ピアノを弾く指であることを忘れている?」
というくらい、ピアノに触ってもよそよそしかったです。特に左手が。
でも、10分位弾いていると少し戻ってきました。
でもこの際だから悪い癖も一緒におさらばしようと思ってます。
インフルエンザで高熱が出て、体中かなり痛めたと思いますが、再構築の時期なので
イイ感じで復旧出来たらと思ってます。
***幻想即興曲について***
実は今は「幻想即興曲」(ショパン)の練習をしています。
ちょっと無謀かなぁ、と思いつつも。
最初は曲にのまれてしまって、雑でとても汚い演奏でした。
流れていくような感じがなく、ショパンになっていないと言うか・・・
気が付けばどんどん速くなってしまうし、曲にふりまわされまくり。
母に相談したら
「一つ一つマルカートに弾きすぎだ。」
と言われ、
「フレーズのかたまりを1つの音として捉えてごらん(本当は違うけど)」
とアドバイスされました。
すると弾き方が全く変わりました。
これまで一音一音をきっちり弾いていたのですが、
そうじゃない指使いが出来るようになってきました。
意識が変ると音が変わるんだなぁ、と大発見でした。
***母との関係について***
話は脱線しますが、
最近は母親とピアノ談義をすることが増えました。
母とピアノの話をしてる時はとても楽しいです。
母も楽しそうです。
昔はこんなこと全くありませんでしたが、話せば話すほど、
母と私は音楽の好みや捉え方がとても似ていてビックリです。
繋がってるんだねぇ・・・
***集中について***
話は元に戻って、、、、
母にアドバスを貰ってからガラッと演奏が変わり、更に練習を勧めていたある日、
「右手と左手を完全に独立して捉えている」
自分に気付きました。
とても客観的に自分の演奏を見ていたんです。
脳は指令室で、
指は脳からの指令を忠実に実行することだけに専念していました。
それ以外の体の部分は指の動きを邪魔しないように、自然に指の動きに合わせて動いてました。
私の意識は演奏することだけに集中していて、
余計なことは考えておらず、また、「ここは間違えやすいから気をつけなければ」と言った意識もありませんでした。
とにかく楽譜を読んでどのように身体を動かすかを指に指令することにだけ集中していました。
耳は自然に音を聞いていました。
聞こうと集中しすぎることもなく、「こう聞こえて欲しい」と期待するでもなく、
一つ一つの音を素直に捉えてました。
でもその時の演奏は左手と右手が調和していてとても綺麗な演奏でした。
とても不思議な体験でした。
もう一度同じような演奏をしたいと後日やってみましたが、うまく出来ませんでした。
でもきっと
「素晴らしい演奏が出来るようになる」
=「あの状態を自分で自在に作りだせることじゃないか?」
と思うようになりました。
幻想即興曲は私にとってはとても大変な曲ですが、確実に自分を成長させてくれていると感じます。
まだまだネットにアップする腕前ではないですが、そのうちアップしたいですね。
その前に復調が先ですが![[あせあせ(飛び散る汗)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/162.gif)
***脱力について***
脱力についての最近私なりに考えがまとまって来たのですが
「いきなり脱力は無理」
て思うようになりました。
ピアノに限らず、スポーツにせよ、慣れない動きをする時はそれだけで力が入ってしまうものです。
また、その動きを維持するための筋力も無いと思います。
もともと生活の中でするような自然な動きではないので。
だから最初は「脱力」よりもその動きや形が出来るようになることが先決で、
力が入る入らないは気にしないようにしました。
でも時間が経って、その動きに慣れた時に、
「果たして余分な力が入ってないか?効率的か?」
を段階的に問いなおす必要があるんじゃないか、と。
勿論最初から出来ればいいですが私はそんなに器用な方じゃないので、そういう風に捉えるようになりました。
また、慣れてきたら体は余分なエネルギーを使わないようによりコンパクトに動こうとするものです。
その時を信じて自然にまかせてみることにしました。
つまり、言いかえると
「今は自分にとって難しい曲を一杯弾いているので多分、脱力は難しいけれど、
いつか慣れたら綺麗にひけるようになってるはず」
と自分に言い聞かせてます。
事実、1年位前から弾き続けていた曲が、部分部分で楽に弾けるようになってきています。
単に「指使いが簡単に感じるようになった」ということとは少し違って、
余分な力も意識も働かなくなった
と言った感じです。
***最近の取り組み***
ピアノの練習の取り組み方ですが、
現在の自分を見つめ、
自然と良くなってる部分がないか注意深く見つけ、
あれば自分を褒め、
なぜうまく出来るようになったのか、
それが他にも活かせないか(展開できないか)考える、
というスタイルが定着してきた感じです。
問題点は探そうとしなくてもどんどん出てくるし、すぐに直せるものではないことが多いから、
敢えて考えてません(笑)
「出来ない」を考えるときりがないから。
「出来た」自分を徹底的に褒めていきたいです。 もの凄いポジティブシンキングかもしれませんがw![[わーい(嬉しい顔)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/140.gif)
![[あせあせ(飛び散る汗)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/162.gif)
あ、でもこのスタンスはピアノを始めたころから変らないかも。
ピアノを弾くことは、
孤独で、
人生そのもので、
でも、やっぱり、幸せなこと、、
だと思うので、
その中で喜びを一杯みつけたいです。
てことでまとまりのない記事ですが、最近のピアノに対する取り組みを覚書ました
ようやく復調しましたが、まだ全快ではない感じです。
ピアノを昨日あたりから触ってますが、
ビックリするくらい弾けなくなってました。。。
弾けないというより、自分の指が
「ピアノを弾く指であることを忘れている?」
というくらい、ピアノに触ってもよそよそしかったです。特に左手が。
でも、10分位弾いていると少し戻ってきました。
でもこの際だから悪い癖も一緒におさらばしようと思ってます。
インフルエンザで高熱が出て、体中かなり痛めたと思いますが、再構築の時期なので
イイ感じで復旧出来たらと思ってます。
***幻想即興曲について***
実は今は「幻想即興曲」(ショパン)の練習をしています。
ちょっと無謀かなぁ、と思いつつも。
最初は曲にのまれてしまって、雑でとても汚い演奏でした。
流れていくような感じがなく、ショパンになっていないと言うか・・・
気が付けばどんどん速くなってしまうし、曲にふりまわされまくり。
母に相談したら
「一つ一つマルカートに弾きすぎだ。」
と言われ、
「フレーズのかたまりを1つの音として捉えてごらん(本当は違うけど)」
とアドバイスされました。
すると弾き方が全く変わりました。
これまで一音一音をきっちり弾いていたのですが、
そうじゃない指使いが出来るようになってきました。
意識が変ると音が変わるんだなぁ、と大発見でした。
***母との関係について***
話は脱線しますが、
最近は母親とピアノ談義をすることが増えました。
母とピアノの話をしてる時はとても楽しいです。
母も楽しそうです。
昔はこんなこと全くありませんでしたが、話せば話すほど、
母と私は音楽の好みや捉え方がとても似ていてビックリです。
繋がってるんだねぇ・・・
***集中について***
話は元に戻って、、、、
母にアドバスを貰ってからガラッと演奏が変わり、更に練習を勧めていたある日、
「右手と左手を完全に独立して捉えている」
自分に気付きました。
とても客観的に自分の演奏を見ていたんです。
脳は指令室で、
指は脳からの指令を忠実に実行することだけに専念していました。
それ以外の体の部分は指の動きを邪魔しないように、自然に指の動きに合わせて動いてました。
私の意識は演奏することだけに集中していて、
余計なことは考えておらず、また、「ここは間違えやすいから気をつけなければ」と言った意識もありませんでした。
とにかく楽譜を読んでどのように身体を動かすかを指に指令することにだけ集中していました。
耳は自然に音を聞いていました。
聞こうと集中しすぎることもなく、「こう聞こえて欲しい」と期待するでもなく、
一つ一つの音を素直に捉えてました。
でもその時の演奏は左手と右手が調和していてとても綺麗な演奏でした。
とても不思議な体験でした。
もう一度同じような演奏をしたいと後日やってみましたが、うまく出来ませんでした。
でもきっと
「素晴らしい演奏が出来るようになる」
=「あの状態を自分で自在に作りだせることじゃないか?」
と思うようになりました。
幻想即興曲は私にとってはとても大変な曲ですが、確実に自分を成長させてくれていると感じます。
まだまだネットにアップする腕前ではないですが、そのうちアップしたいですね。
その前に復調が先ですが
***脱力について***
脱力についての最近私なりに考えがまとまって来たのですが
「いきなり脱力は無理」
て思うようになりました。
ピアノに限らず、スポーツにせよ、慣れない動きをする時はそれだけで力が入ってしまうものです。
また、その動きを維持するための筋力も無いと思います。
もともと生活の中でするような自然な動きではないので。
だから最初は「脱力」よりもその動きや形が出来るようになることが先決で、
力が入る入らないは気にしないようにしました。
でも時間が経って、その動きに慣れた時に、
「果たして余分な力が入ってないか?効率的か?」
を段階的に問いなおす必要があるんじゃないか、と。
勿論最初から出来ればいいですが私はそんなに器用な方じゃないので、そういう風に捉えるようになりました。
また、慣れてきたら体は余分なエネルギーを使わないようによりコンパクトに動こうとするものです。
その時を信じて自然にまかせてみることにしました。
つまり、言いかえると
「今は自分にとって難しい曲を一杯弾いているので多分、脱力は難しいけれど、
いつか慣れたら綺麗にひけるようになってるはず」
と自分に言い聞かせてます。
事実、1年位前から弾き続けていた曲が、部分部分で楽に弾けるようになってきています。
単に「指使いが簡単に感じるようになった」ということとは少し違って、
余分な力も意識も働かなくなった
と言った感じです。
***最近の取り組み***
ピアノの練習の取り組み方ですが、
現在の自分を見つめ、
自然と良くなってる部分がないか注意深く見つけ、
あれば自分を褒め、
なぜうまく出来るようになったのか、
それが他にも活かせないか(展開できないか)考える、
というスタイルが定着してきた感じです。
問題点は探そうとしなくてもどんどん出てくるし、すぐに直せるものではないことが多いから、
敢えて考えてません(笑)
「出来ない」を考えるときりがないから。
「出来た」自分を徹底的に褒めていきたいです。 もの凄いポジティブシンキングかもしれませんがw
あ、でもこのスタンスはピアノを始めたころから変らないかも。
ピアノを弾くことは、
孤独で、
人生そのもので、
でも、やっぱり、幸せなこと、、
だと思うので、
その中で喜びを一杯みつけたいです。
てことでまとまりのない記事ですが、最近のピアノに対する取り組みを覚書ました
しんねん [ほっこりとした日常etc]
今日、今参加している勉強を教えるボランティアの代表者の方(50代くらいの男性)と
色々とお話しした。
実はボランティアに参加しておきながら、代表者の方とは今まであまり
お話しをしたことが無かった。
そもそも、私がなんでこのボランティアに参加してるか、だけど、
地域の学力が低いことを憂れいていた時期に、たまたま
「土曜日にボランティアで地域の子供に勉強を教えている団体が存在する」
というのをローカル情報誌で見たのに端を発する。
その時、なんだかザワザワしたのだ。
【カイジ】じゃないけど(分かる人居ます?w)、本能的に
「これは見に行かなきゃいけないだろう」
と思ったのだ。
代表者の人はどんな人なのかとにかく気になった。
で、実際行ってみて深く感銘を受けた・・・なんてことは無かったし、
代表者の方から熱い思いを語られた、なんてことも無かったし、
講師をして貰えませんか?、とも言われなかったけれど、
自分はこれに参加するべきなんだろうな、と思った。
勉強は好きだし、
家庭教師や塾講師はしたことが無かったけど、多分教えることも好きだろうと思ったし、
子供が好きだし、
地域のためになるならそれは良いことだと思ったし。
でも、多分理屈じゃなく、水が上から下に流れるように、それが自然なんだと感じた。
だから、講師をしたいと申し出た。
で、その場ですんなり受け入れて下さったけれど、今思えば凄いことだと思う。
というのが、それまでは国立大学の教育学部の学生さんや、教師経験者だけが講師として
ボランティア活動していたので、教員免許さえない私の採用は異例だったと思う。
さらに言えば、その時に履歴書も持ってなかったし、経歴を話したわけでもなかったので
ただ「この地域に住んでます」というだけの、
【どこの馬の骨かも分からない私】をすんなり講師として受け入れたのは本当に凄いことだと思う
そして、何の障害も無く、実にしぜ~んにボランティア活動が始まる。
で、本格的に参加し始めてから3,4カ月経った今日、
たまたま帰り際に代表者の方と30分ほどお話しをした。
地域の学力を上げるのには、地域の方の力が必要だと思っていたので
私の申し出には本当に感謝している、と言われた。
「一緒に力を合わせて頑張りましょう!!」
なんてアツイことは言われなかったし、
あくまでボランティアなのでそれぞれの出来る範囲でやるべきだというスタンスだけれど、
その中でも強い思いを持ってやっておられるのが感じられた。
学校教育の在り方に問題を感じていて、そこをカバー出来るように子供たちをサポートしたいと
思っておられるようだった。
細かい相違点は感じたけれど、大筋で共感出来るモノを感じた。
また、元々全く教育畑の人ではないので、そういう意味でも通じるところが多かった。
それから、このボランティアを始めてから5年だけれど、
地域から講師の申し出をしてくれたのはこれまで私だけだったので
「あなたのように信念を持ってる人がもっと出て来たら嬉しいのだけれど」
と言われた。
信念、
と言われてビックリした ^^;
信念・・・なんてあるのかよく分からないけれど、
「子供たちにとって何が良いのか」
というのを最優先に考えている点では代表者の方と近いのかもしれない。
自分の子供が今後生きていく地域なので、少しでも良くなったら良いと思うし、
他人の子も大事なんだと思う。(やり方が回りくどいかもしれんけど)
なんとなく、理屈じゃなくて本能的にそう思うのであります~★
最後に
「まー、そうはいっても、
僕もそんなにきちんと考えてやってる訳じゃないから、
何か意見があったら遠慮なくどんどん言って下さいね」
と言われた時、やっぱり参加して良かったな、と思った。
なんとなく、バランスを感じたから。
多分、激しい熱血な人だったら気が合わなかったかもw
でも、きっと頭のいい人だと思う。
ということで、良い出会いをしたのかな、と思った一日でした。
色々とお話しした。
実はボランティアに参加しておきながら、代表者の方とは今まであまり
お話しをしたことが無かった。
そもそも、私がなんでこのボランティアに参加してるか、だけど、
地域の学力が低いことを憂れいていた時期に、たまたま
「土曜日にボランティアで地域の子供に勉強を教えている団体が存在する」
というのをローカル情報誌で見たのに端を発する。
その時、なんだかザワザワしたのだ。
【カイジ】じゃないけど(分かる人居ます?w)、本能的に
「これは見に行かなきゃいけないだろう」
と思ったのだ。
代表者の人はどんな人なのかとにかく気になった。
で、実際行ってみて深く感銘を受けた・・・なんてことは無かったし、
代表者の方から熱い思いを語られた、なんてことも無かったし、
講師をして貰えませんか?、とも言われなかったけれど、
自分はこれに参加するべきなんだろうな、と思った。
勉強は好きだし、
家庭教師や塾講師はしたことが無かったけど、多分教えることも好きだろうと思ったし、
子供が好きだし、
地域のためになるならそれは良いことだと思ったし。
でも、多分理屈じゃなく、水が上から下に流れるように、それが自然なんだと感じた。
だから、講師をしたいと申し出た。
で、その場ですんなり受け入れて下さったけれど、今思えば凄いことだと思う。
というのが、それまでは国立大学の教育学部の学生さんや、教師経験者だけが講師として
ボランティア活動していたので、教員免許さえない私の採用は異例だったと思う。
さらに言えば、その時に履歴書も持ってなかったし、経歴を話したわけでもなかったので
ただ「この地域に住んでます」というだけの、
【どこの馬の骨かも分からない私】をすんなり講師として受け入れたのは本当に凄いことだと思う
そして、何の障害も無く、実にしぜ~んにボランティア活動が始まる。
で、本格的に参加し始めてから3,4カ月経った今日、
たまたま帰り際に代表者の方と30分ほどお話しをした。
地域の学力を上げるのには、地域の方の力が必要だと思っていたので
私の申し出には本当に感謝している、と言われた。
「一緒に力を合わせて頑張りましょう!!」
なんてアツイことは言われなかったし、
あくまでボランティアなのでそれぞれの出来る範囲でやるべきだというスタンスだけれど、
その中でも強い思いを持ってやっておられるのが感じられた。
学校教育の在り方に問題を感じていて、そこをカバー出来るように子供たちをサポートしたいと
思っておられるようだった。
細かい相違点は感じたけれど、大筋で共感出来るモノを感じた。
また、元々全く教育畑の人ではないので、そういう意味でも通じるところが多かった。
それから、このボランティアを始めてから5年だけれど、
地域から講師の申し出をしてくれたのはこれまで私だけだったので
「あなたのように信念を持ってる人がもっと出て来たら嬉しいのだけれど」
と言われた。
信念、
と言われてビックリした ^^;
信念・・・なんてあるのかよく分からないけれど、
「子供たちにとって何が良いのか」
というのを最優先に考えている点では代表者の方と近いのかもしれない。
自分の子供が今後生きていく地域なので、少しでも良くなったら良いと思うし、
他人の子も大事なんだと思う。(やり方が回りくどいかもしれんけど)
なんとなく、理屈じゃなくて本能的にそう思うのであります~★
最後に
「まー、そうはいっても、
僕もそんなにきちんと考えてやってる訳じゃないから、
何か意見があったら遠慮なくどんどん言って下さいね」
と言われた時、やっぱり参加して良かったな、と思った。
なんとなく、バランスを感じたから。
多分、激しい熱血な人だったら気が合わなかったかもw
でも、きっと頭のいい人だと思う。
ということで、良い出会いをしたのかな、と思った一日でした。
再会 [ほっこりとした日常etc]
本日3つ目の記事。
一体、なんぼほど連投するんだ!?て位、記事書いてますが、
どうしてもアウトプットしたいことがありまして、記事書いてます。。。
去年の年末、「今年を漢字一文字で表すと【再】」と言ってましたが、
実は、それにはもう一つ理由がありました。
それは友だちとの「再会」です。
それについて、覚書。
【再会1人目】
地元の友人R。中学時代からの友だちです。
会ったのではなく、電話したので、正確に言うと「再会」ではないのですが、
私としてはある意味「再会」だったな、と思っています。
実は5年ほど前、彼女との関係が微妙な時期がありました。
当時、結婚しようと思っていた男性から手痛く振られた友人R。
失恋のショックから連日数時間に及ぶ電話を掛けてきました。
友人の力になりたいと思っていたので、最初は良かったのですが、それが何週間にも及んだので
私の方もその電話がかなり辛くなってきていました。
また、そもそもの問題は失恋ではなく、根本的な問題が別のところにあると思ったので
それを伝えるべきか悩みました。
今まで友人だと思っていたRとの間に【大きな価値観のズレ】を感じ、壁のようなものも感じ始めていました。
「このまま友だちで居られるだろうか」
とも思いました。
「私はもう何も自分では決められない!自分の事が信じられない」と嘆くRに、
「それでも自分の人生は自分で決めていくしかない。例え間違ったとしても。
人のせいにするのじゃなく、人に頼り過ぎるのではなく、とにかく自分で考え、決めるんだよ。
私を頼るばっかりしていては駄目だよ。」
と、言い、連絡をすることを控えるよう伝え、お寺で買ったお守りを渡しました。
冷たいヤツだと思われるだろうと思ったけれど、
自分が今、Rの相手をすることが一番Rを駄目にしていると思えたので、そうしました。
Rはその後色々とありましたが、本当に努力して頑張って、社会的に弱い立場から抜け出し、
バリバリと貿易関係の仕事をこなすまでになりました。
そして先日。
久しぶりに連絡したら、Rはとても落ち着いていました。
色々と大変な問題を抱えているようですが、それらを抱えた上で心の平穏を保てるようになったようです。
5年前から一度もRと電話をしなかった訳ではないですが、なんというか・・・大きな区切りのようなモノを感じました。
本来の強さを持ったRと再会したような感覚になったのです。
そして5年前の話を思い出して色々語りました。
当時、Rに対する私の対応はRにとって厳しいモノではあったけれど、感謝していると言われました。
私に言われてとても心に残っている言葉が
「(物理的に距離が離れてるし、大人になりそれぞれの立場があるから)
私はずっとRと一緒に居て支えてあげられないんだよ。」
だそうです。
冷たい言葉ですね・・・f^^;
でも、Rはそれを言ってもらうまでその現実に気付けなかったし、甘えることばかり考えていたから
言って貰えて本当に良かった、と言ってました。
強くならなければ、と思ったそうです。
Rが感謝してくれてるなら嬉しいけれど、でも、私としてはやっぱり
こんな言葉を言うのは(例えそれが現実でも)嫌だなぁ
というのが本音ですけどね。。。
ともあれ、Rと私の関係も色んなものを乗り越え、これまで以上に深く友だちとして繋がったような感覚がしました。
あの時はどうだったとか、こういう気持ちだったとか、そういうことを一杯語り合いました。
私は友人関係で酷く傷ついていた時期でしたが、人と繋がっていくことの楽しさのようなモノを
Rが思い出させてくれた感じです。
Rと話すことでとても元気になれました。
また思い出を共有している古くからの友だちがいることに本当に感謝です。
【再会2人目】
会社員の時の同期Aちゃん。
間違いなくこの人無しでは私の人生は語れないと思いますw
(勿論上記Rもそうなんですが、大人になってから出会った人では断トツですw)
今から数年前。 同期としてAちゃんとは出会いました。
会社の同期は本当に皆イイ奴ばっかりで、「出会えて良かった」と思える人ばかりなのですが、
Aちゃんはその中でもかなりオモシロイ人でした。
Aちゃんも私に興味を持ってくれ、2人でよくつるんでました。
Aちゃんは身長150センチ以下、愛想良くキュートなルックス
方や私は身長169センチ、なんとなくクールなルックス
で、かなりデコボコした感じのペアだったと思いますf^^;
時々Aちゃんのワガママにムッとしたり、
私にはない魅力満載、バイタリティ有りまくりのAちゃんに嫉妬したり、
などありましたが、結局好きでした。
入社2年目が終わりごろ、2年間の成果発表をした時、Aちゃんが1位、私が2位で相当悔しかったけど、
「仕事が出来る女性って結局こういう人のことを言うんだろうな」
と、自分的に妙に納得しました。
それが自分にはない要素だったので
「自分は(やっぱり)仕事向きじゃないな」
とその時うっすら感じたのを覚えてます。
また、親と一緒に暮らしていたAちゃんですが、ある日「一人暮らしをする」と言ったかと思うと
なんと一等地のマンション(2LDK)を購入してしまいました![[あせあせ(飛び散る汗)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/162.gif)
頭の良い人なので、勿論リスク等を計算した上での購入だと思いますが、
何千万と言うお金を動かす訳で、その度胸には驚かされました。
そして数年後、私は退職。
Aちゃんの方は仕事をする傍ら、「異業種交流会」等に参加したりしながら様々な人脈を広げながら
相変わらず精力的に活動していました。
そんなある日、Aちゃんが私の家に遊びに来ました。
なんとそこで、転職の相談をされました。
もう仕事を辞めて社会から一線引いてる私にそんな相談をして大丈夫なのか?と思いましたが、
彼女は私の意見も聞きたいと言ってくれました。
それがとても嬉しかったのを覚えています。
またその時、彼女が「夢をかなえるゾウ」という本を私にくれました。
この本は「自己実現」系の本が苦手な私にとってもとても意義ある本で、
自分の人生をどう生きるか、ということを考えるきっかけを与えてくれたと思います。
でもやはり本そのものの内容も良いのだけれど、その時本を私にくれたAちゃんが
「自分をどういう風に社会で活かすか。
迷ってるけど、できることからやっていきたい。」
と真剣に語ってくれた思いがその本には詰まってると感じます。
だから私にとってとても大事な一冊なんです。
またこの時Aちゃんから
「ぱえちゃんは私にはない母性があるから羨ましい」
というような内容のことを言われたのが印象的でした。
結局Aちゃんは、システムエンジニアから投資不動産の営業、という全く関係ない職種への転職し、
それをきっかけに上京していきました。
それまで住んでいたマンションは賃貸に出し、不動産収益物件にする、という話でしたが、
一等地だけあってすぐに借り手が見つかったようでした。
上京後のAちゃんは益々仕事に燃え、本当に凄まじかったです。
【投資不動産の営業】なんて大丈夫だろうか?と思っていましたが、
Aちゃんは自社の商品に誇りを感じていたようで、 (⇒これは本当に良かったと思う)
また、営業という職種でどんどんと才能を発揮していきました。
財界の著名人と会ったり、
芸能人のお友達がいたり、
超高級マンション(勝ち組マンションと勝手に命名w)でパーティーをしたり、
等、Aちゃんのブログを見てると、充実した毎日を送ってるんだな、と嬉しい半面、
華やかで圧倒されてしまう思いもありました。
忙しいだろうし、こちらからは殆ど連絡することはありませんでした。
そして去年の年末、Aちゃんがこちらに帰省することになりました。
こっちは平凡な主婦なので、Aちゃんは私と話してて楽しいだろうか?と不安に思っていましたが、
久しぶりに会ったAちゃんとはブランクがまるでなかったかのような会話が出来、とても楽しかったです。
本当に元気を貰いました。
また、私が今一生懸命取り組んでいることを興味を持って聞いてくれて嬉しかったです。
Aちゃんは変わらず
「自分の人生をどう社会で活かすか」
を真剣に考えてました。
また、以前は仕事が好きだったのに「仕事はしたくないー。もうやりきったから。」と言ってました。
「仕事はせずに、自分が食べていけるだけの不労収益を得て、
自分は社会のために何かをするのに専念したい。」
ということだそうです。
かく言うAちゃんはさらに東京で投資用のマンションを購入し、更に金融商品を海外から直接買ってる
(日本の金融庁を通すと手数料やらなんやらで利回りが悪いとかで)そうです。
うーん、相変わらず先進的。。。
勿論それが正解だとは私も思わないし、Aちゃんもそう思ってない訳だけど、Aちゃんらしい人生の歩み方だな、とw
そして、
「私らはパッと見似てないけど、
自分で納得しないと駄目なところや、
自分の人生に真面目だけど、
イイと思っちゃったら、道徳とか常識とか無視して突き進んじゃうところが似てるよねw
ややこい性格で困るよね
」
なんてしみじみ語ってました![[わーい(嬉しい顔)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/140.gif)
![[あせあせ(飛び散る汗)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/162.gif)
そんな私とAちゃんの合言葉は
「人生を楽しもう」
です。多分f^^;
別に「合言葉」としてことさら意識してる訳ではないけど、数年間お互いに何度となく口にしてる言葉です。
本当に一杯元気を貰って楽しかったです。
色んな事に感謝したい一日となりました。
一体、なんぼほど連投するんだ!?て位、記事書いてますが、
どうしてもアウトプットしたいことがありまして、記事書いてます。。。
去年の年末、「今年を漢字一文字で表すと【再】」と言ってましたが、
実は、それにはもう一つ理由がありました。
それは友だちとの「再会」です。
それについて、覚書。
【再会1人目】
地元の友人R。中学時代からの友だちです。
会ったのではなく、電話したので、正確に言うと「再会」ではないのですが、
私としてはある意味「再会」だったな、と思っています。
実は5年ほど前、彼女との関係が微妙な時期がありました。
当時、結婚しようと思っていた男性から手痛く振られた友人R。
失恋のショックから連日数時間に及ぶ電話を掛けてきました。
友人の力になりたいと思っていたので、最初は良かったのですが、それが何週間にも及んだので
私の方もその電話がかなり辛くなってきていました。
また、そもそもの問題は失恋ではなく、根本的な問題が別のところにあると思ったので
それを伝えるべきか悩みました。
今まで友人だと思っていたRとの間に【大きな価値観のズレ】を感じ、壁のようなものも感じ始めていました。
「このまま友だちで居られるだろうか」
とも思いました。
「私はもう何も自分では決められない!自分の事が信じられない」と嘆くRに、
「それでも自分の人生は自分で決めていくしかない。例え間違ったとしても。
人のせいにするのじゃなく、人に頼り過ぎるのではなく、とにかく自分で考え、決めるんだよ。
私を頼るばっかりしていては駄目だよ。」
と、言い、連絡をすることを控えるよう伝え、お寺で買ったお守りを渡しました。
冷たいヤツだと思われるだろうと思ったけれど、
自分が今、Rの相手をすることが一番Rを駄目にしていると思えたので、そうしました。
Rはその後色々とありましたが、本当に努力して頑張って、社会的に弱い立場から抜け出し、
バリバリと貿易関係の仕事をこなすまでになりました。
そして先日。
久しぶりに連絡したら、Rはとても落ち着いていました。
色々と大変な問題を抱えているようですが、それらを抱えた上で心の平穏を保てるようになったようです。
5年前から一度もRと電話をしなかった訳ではないですが、なんというか・・・大きな区切りのようなモノを感じました。
本来の強さを持ったRと再会したような感覚になったのです。
そして5年前の話を思い出して色々語りました。
当時、Rに対する私の対応はRにとって厳しいモノではあったけれど、感謝していると言われました。
私に言われてとても心に残っている言葉が
「(物理的に距離が離れてるし、大人になりそれぞれの立場があるから)
私はずっとRと一緒に居て支えてあげられないんだよ。」
だそうです。
冷たい言葉ですね・・・f^^;
でも、Rはそれを言ってもらうまでその現実に気付けなかったし、甘えることばかり考えていたから
言って貰えて本当に良かった、と言ってました。
強くならなければ、と思ったそうです。
Rが感謝してくれてるなら嬉しいけれど、でも、私としてはやっぱり
こんな言葉を言うのは(例えそれが現実でも)嫌だなぁ
というのが本音ですけどね。。。
ともあれ、Rと私の関係も色んなものを乗り越え、これまで以上に深く友だちとして繋がったような感覚がしました。
あの時はどうだったとか、こういう気持ちだったとか、そういうことを一杯語り合いました。
私は友人関係で酷く傷ついていた時期でしたが、人と繋がっていくことの楽しさのようなモノを
Rが思い出させてくれた感じです。
Rと話すことでとても元気になれました。
また思い出を共有している古くからの友だちがいることに本当に感謝です。
【再会2人目】
会社員の時の同期Aちゃん。
間違いなくこの人無しでは私の人生は語れないと思いますw
(勿論上記Rもそうなんですが、大人になってから出会った人では断トツですw)
今から数年前。 同期としてAちゃんとは出会いました。
会社の同期は本当に皆イイ奴ばっかりで、「出会えて良かった」と思える人ばかりなのですが、
Aちゃんはその中でもかなりオモシロイ人でした。
Aちゃんも私に興味を持ってくれ、2人でよくつるんでました。
Aちゃんは身長150センチ以下、愛想良くキュートなルックス
方や私は身長169センチ、なんとなくクールなルックス
で、かなりデコボコした感じのペアだったと思いますf^^;
時々Aちゃんのワガママにムッとしたり、
私にはない魅力満載、バイタリティ有りまくりのAちゃんに嫉妬したり、
などありましたが、結局好きでした。
入社2年目が終わりごろ、2年間の成果発表をした時、Aちゃんが1位、私が2位で相当悔しかったけど、
「仕事が出来る女性って結局こういう人のことを言うんだろうな」
と、自分的に妙に納得しました。
それが自分にはない要素だったので
「自分は(やっぱり)仕事向きじゃないな」
とその時うっすら感じたのを覚えてます。
また、親と一緒に暮らしていたAちゃんですが、ある日「一人暮らしをする」と言ったかと思うと
なんと一等地のマンション(2LDK)を購入してしまいました
頭の良い人なので、勿論リスク等を計算した上での購入だと思いますが、
何千万と言うお金を動かす訳で、その度胸には驚かされました。
そして数年後、私は退職。
Aちゃんの方は仕事をする傍ら、「異業種交流会」等に参加したりしながら様々な人脈を広げながら
相変わらず精力的に活動していました。
そんなある日、Aちゃんが私の家に遊びに来ました。
なんとそこで、転職の相談をされました。
もう仕事を辞めて社会から一線引いてる私にそんな相談をして大丈夫なのか?と思いましたが、
彼女は私の意見も聞きたいと言ってくれました。
それがとても嬉しかったのを覚えています。
またその時、彼女が「夢をかなえるゾウ」という本を私にくれました。
この本は「自己実現」系の本が苦手な私にとってもとても意義ある本で、
自分の人生をどう生きるか、ということを考えるきっかけを与えてくれたと思います。
でもやはり本そのものの内容も良いのだけれど、その時本を私にくれたAちゃんが
「自分をどういう風に社会で活かすか。
迷ってるけど、できることからやっていきたい。」
と真剣に語ってくれた思いがその本には詰まってると感じます。
だから私にとってとても大事な一冊なんです。
またこの時Aちゃんから
「ぱえちゃんは私にはない母性があるから羨ましい」
というような内容のことを言われたのが印象的でした。
結局Aちゃんは、システムエンジニアから投資不動産の営業、という全く関係ない職種への転職し、
それをきっかけに上京していきました。
それまで住んでいたマンションは賃貸に出し、不動産収益物件にする、という話でしたが、
一等地だけあってすぐに借り手が見つかったようでした。
上京後のAちゃんは益々仕事に燃え、本当に凄まじかったです。
【投資不動産の営業】なんて大丈夫だろうか?と思っていましたが、
Aちゃんは自社の商品に誇りを感じていたようで、 (⇒これは本当に良かったと思う)
また、営業という職種でどんどんと才能を発揮していきました。
財界の著名人と会ったり、
芸能人のお友達がいたり、
超高級マンション(勝ち組マンションと勝手に命名w)でパーティーをしたり、
等、Aちゃんのブログを見てると、充実した毎日を送ってるんだな、と嬉しい半面、
華やかで圧倒されてしまう思いもありました。
忙しいだろうし、こちらからは殆ど連絡することはありませんでした。
そして去年の年末、Aちゃんがこちらに帰省することになりました。
こっちは平凡な主婦なので、Aちゃんは私と話してて楽しいだろうか?と不安に思っていましたが、
久しぶりに会ったAちゃんとはブランクがまるでなかったかのような会話が出来、とても楽しかったです。
本当に元気を貰いました。
また、私が今一生懸命取り組んでいることを興味を持って聞いてくれて嬉しかったです。
Aちゃんは変わらず
「自分の人生をどう社会で活かすか」
を真剣に考えてました。
また、以前は仕事が好きだったのに「仕事はしたくないー。もうやりきったから。」と言ってました。
「仕事はせずに、自分が食べていけるだけの不労収益を得て、
自分は社会のために何かをするのに専念したい。」
ということだそうです。
かく言うAちゃんはさらに東京で投資用のマンションを購入し、更に金融商品を海外から直接買ってる
(日本の金融庁を通すと手数料やらなんやらで利回りが悪いとかで)そうです。
うーん、相変わらず先進的。。。
勿論それが正解だとは私も思わないし、Aちゃんもそう思ってない訳だけど、Aちゃんらしい人生の歩み方だな、とw
そして、
「私らはパッと見似てないけど、
自分で納得しないと駄目なところや、
自分の人生に真面目だけど、
イイと思っちゃったら、道徳とか常識とか無視して突き進んじゃうところが似てるよねw
ややこい性格で困るよね
なんてしみじみ語ってました
そんな私とAちゃんの合言葉は
「人生を楽しもう」
です。多分f^^;
別に「合言葉」としてことさら意識してる訳ではないけど、数年間お互いに何度となく口にしてる言葉です。
本当に一杯元気を貰って楽しかったです。
色んな事に感謝したい一日となりました。
12月の発表会 [ピアノ@発表会etc]
毎度毎度の連投です。 本日2回目の記事。
今更ですが、12月の発表会について覚書します。
11月に発表会があったのですが、事情があり同じ曲をエントリーすることが出来ませんでした。
なので12月の発表会は、
・チャイコフスキー 花のワルツ (先生と連弾)
・バッハ=ヘス 主よ、人の望みの喜びよ
を演奏しました。
場所はモダンな教会。
「主よ、人の望みの喜びよ」を教会で演奏するのがちょっとした夢だったので、夢が叶って嬉しい♪
けど、、、
11月の練習会と同じ曲を弾けなかったので、たった2ヶ月でみっちり4曲を練習しないといけなかったのはきつかったです![[ふらふら]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/144.gif)
練習しながら、何度となく「しんどいよ~」と心の中で愚痴ってましたw
当日は、出番が後ろの方で、
「早く自分の出番が来ないかな~」
なんて思ってました。
緊張は勿論してたけど、早くピアノに触りたい!て感じでした![[メール]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/110.gif)
![[あせあせ(飛び散る汗)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/162.gif)
しかもピアノが「KAISER」とかいう聞いたことのないメーカーだったので、待ってる間は
どんな音が鳴るのかドキドキ、ワクワクと言った感じでしたw
そして私の番。
始めに「花のワルツ」(連弾)を弾いたのですが、初めての人前での連弾だったのでいつもより緊張しました。
それに、先生と指や腕が当たる当たるw
ガツガツ当たりながら弾くのって結構気を使います^^;
演奏を楽しむよりも、「とりあえずひく」ことで精いっぱいで、連弾の難しさを体感しました。
2台ピアノとかだったらまた違うんでしょうけど。。。
自分の力が出し切れたか、という観点で見れば65点位の演奏でした![[たらーっ(汗)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/163.gif)
次に「主よ・・・」を弾きました。
これまでで一番ふっ切れた(?)演奏が出来ました。
多分、自分の世界に入ってたと思いますw
多少のミスはありましたが、先生も殆ど気付かなかったようで。
ピアノの鳴りに合わせて「ここはこう言う風に打鍵したらいい音が出るのでは?」と
その場で演奏を変えられたことも自分としては収穫でした。
また、バッハは楽譜が頭から抜けやすく、途中でつまづくと止まってしまいやすいですが、
そういったことも無く、最初から最後まで、自分の描いた世界観で弾き切れて良かったと思います。
人に見られていることも「恐怖」ではなく「楽しい」気持ちさえしました。
流石に「快感」とまではいきませんが、楽しく演奏出来て良かったですf^^
自分としては一つ成長が確かめられた発表会でした。
やはり人前演奏は大事ですね。
因みに、発表会は練習会よりも緊張感が凄いです。
色んな方の演奏を見ることも楽しかったし、また発表会に参加したいですね。
今更ですが、12月の発表会について覚書します。
11月に発表会があったのですが、事情があり同じ曲をエントリーすることが出来ませんでした。
なので12月の発表会は、
・チャイコフスキー 花のワルツ (先生と連弾)
・バッハ=ヘス 主よ、人の望みの喜びよ
を演奏しました。
場所はモダンな教会。
「主よ、人の望みの喜びよ」を教会で演奏するのがちょっとした夢だったので、夢が叶って嬉しい♪
けど、、、
11月の練習会と同じ曲を弾けなかったので、たった2ヶ月でみっちり4曲を練習しないといけなかったのはきつかったです
練習しながら、何度となく「しんどいよ~」と心の中で愚痴ってましたw
当日は、出番が後ろの方で、
「早く自分の出番が来ないかな~」
なんて思ってました。
緊張は勿論してたけど、早くピアノに触りたい!て感じでした
しかもピアノが「KAISER」とかいう聞いたことのないメーカーだったので、待ってる間は
どんな音が鳴るのかドキドキ、ワクワクと言った感じでしたw
そして私の番。
始めに「花のワルツ」(連弾)を弾いたのですが、初めての人前での連弾だったのでいつもより緊張しました。
それに、先生と指や腕が当たる当たるw
ガツガツ当たりながら弾くのって結構気を使います^^;
演奏を楽しむよりも、「とりあえずひく」ことで精いっぱいで、連弾の難しさを体感しました。
2台ピアノとかだったらまた違うんでしょうけど。。。
自分の力が出し切れたか、という観点で見れば65点位の演奏でした
次に「主よ・・・」を弾きました。
これまでで一番ふっ切れた(?)演奏が出来ました。
多分、自分の世界に入ってたと思いますw
多少のミスはありましたが、先生も殆ど気付かなかったようで。
ピアノの鳴りに合わせて「ここはこう言う風に打鍵したらいい音が出るのでは?」と
その場で演奏を変えられたことも自分としては収穫でした。
また、バッハは楽譜が頭から抜けやすく、途中でつまづくと止まってしまいやすいですが、
そういったことも無く、最初から最後まで、自分の描いた世界観で弾き切れて良かったと思います。
人に見られていることも「恐怖」ではなく「楽しい」気持ちさえしました。
流石に「快感」とまではいきませんが、楽しく演奏出来て良かったですf^^
自分としては一つ成長が確かめられた発表会でした。
やはり人前演奏は大事ですね。
因みに、発表会は練習会よりも緊張感が凄いです。
色んな方の演奏を見ることも楽しかったし、また発表会に参加したいですね。
(今頃ですが)新年の抱負 [目標]
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
新年一発目の記事ということで、今年の目標なんかを書きたいと思います。
その前に、去年の自分についてちょっとオサライします。
★ピアノ活動について
【人前演奏】
・発表会に2回(11月、12月)出ました
・練習会に4回(5月、7月、9月、12月)参加しました
【練習した曲】
・ベートーヴェン 悲愴 2楽章
・ドビュッシー アラベスク 1番
・モーツァルト キラキラ星変奏曲
・チャイコフスキー 花のワルツ(連弾) ⇒発表会のために練習
・ツェルニー30番の 24番まで終了
特筆すべきことは、
9月の練習会で、関西を拠点とする某、大規模アマチュアピアノサークルの幹部の方と出会ったこと。
この練習会の後の宴で幹部の皆さんと色々とお話しし、私の演奏も聞いて貰い、
なんとそのサークルの会員にして頂きました![[ぴかぴか(新しい)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/150.gif)
これは凄いことなんですよね。実は。
現在このサークルは会員が多いので会員になりたくてもなかなかなれないのです。
実は、密かにこのサークルのメンバーになることも夢だったので、とても嬉しかったです。
皆さんとは楽しく会話ができ、
また、ピアノが大好きで意識の高い人ばかりで良い刺激を受けました。
本当に素敵な出会いでした。
感謝感謝![[ぴかぴか(新しい)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/150.gif)
また、自宅にグランドピアノが来たおかげで基本的なところで演奏が変わりました。
指の力も以前より強くなったと思います。
そのおかげか、発表会などでいきなり初めてのピアノを触っても、以前のように
「全然弾けない」「指が回らない」
等のことが減ったと思います。
人前演奏が楽しいと思うようになってきました。
これは凄い変化です!
★英語
殆どこのブログでは書いてきてませんが、4月から地味に英語の勉強を続けてました。
以下のNHKのラジオ番組を中心にやってます。
・基礎英語2、3
・英語5分間トレーニング
・ラジオ英会話
・リトルチャロ
上記番組をラジオサーバに落して勉強してます。
上記番組をサラッと聞き流しただけでも65分間あり、
実際は再生を止めて辞書で調べたり、リピーティングしたりシャドウイングしたりする時間があるので
時短の意味も込めて音声は1.25~1.5倍速で再生して聞くようにしてます。
1年近くやり続けましたが、
・発音が良くなった。
・耳が良くなった。
・英語の文法構造に脳が慣れてきた。
等の成果がありました。
とは言え、英語のアニメーション(英語圏の小学生向け)でさえ、50%位しか聞き取れません。
勿論話の流れは絵やなんとか聞きとった単語などで追えますが、
【全てのセリフを正しく把握できてない】と言った感じです。
1年近く真面目にやりましたが、この程度です。
でも、語学だし、そもそも英語を勉強することに関して明確な目標が無い(仕事で使うなどの)ので
戦略的・効率的な勉強が出来てるという状態ではないですし、こんなもんかな、とも思います。
また、今年の初めの方で、「TOEICで○点以上取る」等の具体的目標を上げましたが、
TOEICで点数を取る勉強は英語の根本的な勉強にはならないかな、と思い、結局やってません![[あせあせ(飛び散る汗)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/162.gif)
======================
2011年をオサライしたところで、今年の目標ですが
★ピアノ活動
・ツェルニー30番を終わらせる
・ツェルニー40番を練習する(5番までは終わりたい)
・バッハの インベンションとシンフォニア を練習する
・以下の楽曲を練習する
・ショパン 幻想即興曲
・ベートーヴェン 悲愴 3楽章
・ショパンのワルツを練習する(未定) 今のところの候補は 「ワルツ 嬰ハ短調 作品64第2番」
・ムソルグスキー 展覧会の絵 より 「キエフの大きな門」
・モーツァルト トルコ行進曲 の完成度を上げる。
・練習会に積極的に参加し、人前演奏を楽しむモチベーションをキープする。
・(サロンではなく)コンサート会場で演奏をする ⇒ピティナのステップや試験などを利用。
・関西での練習会に参加する
★英語
英語アニメのセリフを全部把握する。
因みに、今現在ハマってるアニメはコレ↓
リチャード・スキャリーのビジーワールド。
実はこれは子供の頃、お母さんに絵本で買ってもらってから大好きだった。
当然当時は日本語訳だったけど、絵がとても素敵で、キャラクターも皆可愛くて、
本当にワクワクする絵本だった。
この絵本のアニメーションが存在することを大人になってから知った時は本当に嬉しかった。
YouTubeに感謝。
★勉強を教えるボランティア
2011年はまず生徒に慣れて貰うことで終わったけれど
今年はもう少し踏みこんでいきたいと思う。
今は勉強が苦手な子を少しでも出来るようにするのが教室の目標だけれど、
教室から【勉強が出来る子】が一人でも出てくるような支援が出来るようにしたいし、
そういう観点で子供たちと接していきたいと思う。
★子育て
色んな体験が出来るよう、色んなところに連れまわしたい。
子供には好きなことや楽しいことを一杯見つけてほしいので。
なんか、子育ての目標が一番具体性がないな(笑)
勿論、やる気がないわけじゃないですよ![[8]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/132.gif)
でも願望を押しつけたくないし、この時期の子供はどんどん変わっていくので
具体的に何かを示すのは難しいな、というのが正直なところ。
適切なタイミングで適切な働きかけが出来るよう、
つかず離れず、子供を見守っていたいな、という感じです。
ということで、長たらしいですが、今年はこんな感じで頑張ろうと思います
今年もよろしくお願いします。
新年一発目の記事ということで、今年の目標なんかを書きたいと思います。
その前に、去年の自分についてちょっとオサライします。
★ピアノ活動について
【人前演奏】
・発表会に2回(11月、12月)出ました
・練習会に4回(5月、7月、9月、12月)参加しました
【練習した曲】
・ベートーヴェン 悲愴 2楽章
・ドビュッシー アラベスク 1番
・モーツァルト キラキラ星変奏曲
・チャイコフスキー 花のワルツ(連弾) ⇒発表会のために練習
・ツェルニー30番の 24番まで終了
特筆すべきことは、
9月の練習会で、関西を拠点とする某、大規模アマチュアピアノサークルの幹部の方と出会ったこと。
この練習会の後の宴で幹部の皆さんと色々とお話しし、私の演奏も聞いて貰い、
なんとそのサークルの会員にして頂きました
これは凄いことなんですよね。実は。
現在このサークルは会員が多いので会員になりたくてもなかなかなれないのです。
実は、密かにこのサークルのメンバーになることも夢だったので、とても嬉しかったです。
皆さんとは楽しく会話ができ、
また、ピアノが大好きで意識の高い人ばかりで良い刺激を受けました。
本当に素敵な出会いでした。
感謝感謝
また、自宅にグランドピアノが来たおかげで基本的なところで演奏が変わりました。
指の力も以前より強くなったと思います。
そのおかげか、発表会などでいきなり初めてのピアノを触っても、以前のように
「全然弾けない」「指が回らない」
等のことが減ったと思います。
人前演奏が楽しいと思うようになってきました。
これは凄い変化です!
★英語
殆どこのブログでは書いてきてませんが、4月から地味に英語の勉強を続けてました。
以下のNHKのラジオ番組を中心にやってます。
・基礎英語2、3
・英語5分間トレーニング
・ラジオ英会話
・リトルチャロ
上記番組をラジオサーバに落して勉強してます。
上記番組をサラッと聞き流しただけでも65分間あり、
実際は再生を止めて辞書で調べたり、リピーティングしたりシャドウイングしたりする時間があるので
時短の意味も込めて音声は1.25~1.5倍速で再生して聞くようにしてます。
1年近くやり続けましたが、
・発音が良くなった。
・耳が良くなった。
・英語の文法構造に脳が慣れてきた。
等の成果がありました。
とは言え、英語のアニメーション(英語圏の小学生向け)でさえ、50%位しか聞き取れません。
勿論話の流れは絵やなんとか聞きとった単語などで追えますが、
【全てのセリフを正しく把握できてない】と言った感じです。
1年近く真面目にやりましたが、この程度です。
でも、語学だし、そもそも英語を勉強することに関して明確な目標が無い(仕事で使うなどの)ので
戦略的・効率的な勉強が出来てるという状態ではないですし、こんなもんかな、とも思います。
また、今年の初めの方で、「TOEICで○点以上取る」等の具体的目標を上げましたが、
TOEICで点数を取る勉強は英語の根本的な勉強にはならないかな、と思い、結局やってません
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2011年をオサライしたところで、今年の目標ですが
★ピアノ活動
・ツェルニー30番を終わらせる
・ツェルニー40番を練習する(5番までは終わりたい)
・バッハの インベンションとシンフォニア を練習する
・以下の楽曲を練習する
・ショパン 幻想即興曲
・ベートーヴェン 悲愴 3楽章
・ショパンのワルツを練習する(未定) 今のところの候補は 「ワルツ 嬰ハ短調 作品64第2番」
・ムソルグスキー 展覧会の絵 より 「キエフの大きな門」
・モーツァルト トルコ行進曲 の完成度を上げる。
・練習会に積極的に参加し、人前演奏を楽しむモチベーションをキープする。
・(サロンではなく)コンサート会場で演奏をする ⇒ピティナのステップや試験などを利用。
・関西での練習会に参加する
★英語
英語アニメのセリフを全部把握する。
因みに、今現在ハマってるアニメはコレ↓
リチャード・スキャリーのビジーワールド。
実はこれは子供の頃、お母さんに絵本で買ってもらってから大好きだった。
当然当時は日本語訳だったけど、絵がとても素敵で、キャラクターも皆可愛くて、
本当にワクワクする絵本だった。
この絵本のアニメーションが存在することを大人になってから知った時は本当に嬉しかった。
YouTubeに感謝。
★勉強を教えるボランティア
2011年はまず生徒に慣れて貰うことで終わったけれど
今年はもう少し踏みこんでいきたいと思う。
今は勉強が苦手な子を少しでも出来るようにするのが教室の目標だけれど、
教室から【勉強が出来る子】が一人でも出てくるような支援が出来るようにしたいし、
そういう観点で子供たちと接していきたいと思う。
★子育て
色んな体験が出来るよう、色んなところに連れまわしたい。
子供には好きなことや楽しいことを一杯見つけてほしいので。
なんか、子育ての目標が一番具体性がないな(笑)
勿論、やる気がないわけじゃないですよ
でも願望を押しつけたくないし、この時期の子供はどんどん変わっていくので
具体的に何かを示すのは難しいな、というのが正直なところ。
適切なタイミングで適切な働きかけが出来るよう、
つかず離れず、子供を見守っていたいな、という感じです。
ということで、長たらしいですが、今年はこんな感じで頑張ろうと思います
今年を振り返る [目標]
一年を振り返ると、本当に色々とありました。
今年は子供の幼稚園問題から色々とバタバタと始まりました。
ピアノにおいても大きな変化がありましたが、
私生活においても色々と変化がありました。
その中の一つ・・・
大事な友だちだと思っていた人との別れもありました。
きっかけは私にもあったのでしょうが、
結果的に相手から一方的に酷いことを言われ、され、絶縁されたといった形です。
「まさかこの年になってこんな終わり方ってある?」と思うような終わり方でした。
あまりに一方的で私としては納得いってないのですし、怒りも感じましたが、
相手が錯乱しているとさえ感じたし、私の友人関係のことで家族に迷惑かけたくなかったので、
勿論、感情を相手にぶつけるような事はせず、
とにかく嫌みなく自分の考えを伝え、
身をひくことにしました。
多分相手は病気なのだと思います。。
事実今年はじめに、身体的に重病を発症しました。
その辺からどんどん被害妄想が始まったと思います。
会えば、知人や友人に対してネガティブな発言が増えました。
一緒に話していてもいつもつまらなそうでした。
本当は彼女は人生の大きなピンチを迎えてるのかもしれないですが、
手を差し伸べられない、と思いました。
最後の対応があまりにも人としての誠実さを感じ取れなかったのと、
とにかく私には荷が重すぎました。
「人との繋がりはこういう風に消えるのか」
と、一つ悲しいけれど勉強しました。
冷静に書いているように見えるかもしれませんが、
当時はとても辛かったし、心も大分痛んだし、歪みそうでした。
黒い感情で一杯になった時もあったし、
人付き合いも怖いし、
他人も自分も信じられなくなりそうでした。
でも
「相手がどんな人間であれ、
とにかく自分はどうしたいのか?
どういう風な対応をしたら自分が自分をちゃんと信じていられるか」
常にそう心に思って、自分の言動や考えを決めていきました。
この件に関して、100%満足な対応が出来たか、というとそうではないけれど、
自分としては自分を見失わなかっただけでも、偉かったと、自分に言ってあげてます、、、
ちょっと変かもしれませんが。。。
話は変りますが、本当に病気は怖いですね。
今まで当たり前に出来てたことが出来なくなったら、自分も心をゆがめそうになるかもしれない、
と感じます。
私も最近加齢とともに体の変化を感じてますし。。。
老いていく自分をどう受け止めるか、も大事な人生のテーマなのかな、と感じるようになりました。
生きていく上で不安要素は一杯あります。
というか、考えれば不安要素だらけです。
でも、そういう不安要素に絡め取られてネガティブになり過ぎないようにするのは、
もはや自分でコントロールするしかないと思います。
そして心の不安を生み出してるのは自分自身。
結局は自分自身の問題。
少なくとも私にとっては。
そんなことを強く感じた一年でもありました。
また、今年は
好きでも嫌いでも
家族は家族
という、言葉が身にしみた一年でした。
家族は好きだから一緒に居るとか、
嫌いだから離れるとか、
そんな簡単なもんじゃない、
という意味です。
実はこれは大ヒットドラマの「マルモの掟」で使用されていた言葉です。
たかがドラマ。されどドラマ。。。。この言葉は本当に深いなと思いました。
自分の親や夫、子供、兄弟、夫の家族・・・等とこの言葉を照らし合わせてみると
とても色んなことを感じました。
他人と繋がって「友人になる」・・・という繋がり方と「家族になる」では大きく違うのだと感じます。
結婚して子供が生まれて4年経って強く感じました。
勿論、結婚する以前から私には家族はあった訳だけど、その時にはあまり感じられなかった・・・
子供が居ると人生の捉え方が変わるとは言うけれど、きっとこれもそうなのだろうと思う・・・
結婚して、子を持ち、
家族というものが何なのか、
ようやく分かってきた気がする。
遅いかもしれんけど![[あせあせ(飛び散る汗)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/162.gif)
そして、話は変わって、
今年は近所の子供に勉強を教えるボランティアを、本格的に始めた年でもありました。
去年や今年の初めは多忙と体調不良により、殆ど参加できませんでしたが、
今年中旬頃から再び参加しています。
子供はオモシロイです。
中学生くらいになると、全く言うことを聞いてくれないし、
「○ね」とか「こ○す」、「き○い」みたいなことを、平気で言ったりしてちょっと怖い時もありますが、
彼らが今何を感じているのか、触れるだけで私としても勉強になりますし、
自分の持ってる知識や知恵が少しでも役に立つのであればそれは嬉しいことです。
教育問題などで色々と問題は抱えている地域に住んでいますが、
不安や不満だけ言ってるのも性に合わないので、
出来ることからやっていけたら、と思います。
話はまたまた変って、なんと、実は、
グランドピアノを今年の10月末に購入しました!!
報告遅くなりました^^;
勿論新品じゃななくて、30年前のヤマハの中古だけど、
セミコンサイズで、とてもタッチが繊細で、オモシロイです!!
私の尊敬する偉人「レオナルド・ダヴィンチ」に因んで
【ダヴィンチ】と命名しましたw
ピアノから「外人」と「男性」のイメージが浮かんだもので![[わーい(嬉しい顔)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/140.gif)
黒いつやつやのボディーでウットリしてます![[ハートたち(複数ハート)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/139.gif)
ピアノとは一生の友達で恋人で家族でありたいと思います!!
ダヴィンチが我が家にやってきてから、私のピアノ道にも変化が起きました。
タッチや音色に前よりこだわるようになりました。
無駄のない動きや力、フォームってなんだろう?
と考えるようになりました。
アップライトの時よりも繊細に反応してくれるので、最初は戸惑ったし
自分の技量の無さにショックを受けましたが、
ここから、またゼロから積み上げていこうとも思いました。
ピアノを弾くことは、孤独で、人生そのもので、
でもやっぱり、幸せなことなのだと思いました。
だからこそ、自分の出来るだけの力を持って、美しく鳴り響かせたいと思います。
そして私自身の人生も![[ぴかぴか(新しい)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/150.gif)
以上、
なんかごちゃごちゃになりましたが、
今年は変化の多い一年でした。
今年を漢字一文字で表すと「転機」、「転園」(息子の)などから「転」かなぁ、と思ったりもしたけれど、
私としては家族というものを再認識し、ピアノ道とボランティアを再スタートしたので
「再」
としたいと思います。
自分の心が再びあるべき姿に戻ったとうい意味でも。
喜怒哀楽、色々あったけれど、充実した一年でした。
本当にありがとうございます。
最後まで読んで下さった方にどうぞ、モーツァルトのハッピーなピアノソナタを
本当に幸せ一杯の曲です![[ぴかぴか(新しい)]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/150.gif)
いつか誰かと共演したいなぁ![[黒ハート]](http://blog.so-net.ne.jp/_images_e/136.gif)
それでは
来年も、喜びを持って(Mit Freude!)
今年は子供の幼稚園問題から色々とバタバタと始まりました。
ピアノにおいても大きな変化がありましたが、
私生活においても色々と変化がありました。
その中の一つ・・・
大事な友だちだと思っていた人との別れもありました。
きっかけは私にもあったのでしょうが、
結果的に相手から一方的に酷いことを言われ、され、絶縁されたといった形です。
「まさかこの年になってこんな終わり方ってある?」と思うような終わり方でした。
あまりに一方的で私としては納得いってないのですし、怒りも感じましたが、
相手が錯乱しているとさえ感じたし、私の友人関係のことで家族に迷惑かけたくなかったので、
勿論、感情を相手にぶつけるような事はせず、
とにかく嫌みなく自分の考えを伝え、
身をひくことにしました。
多分相手は病気なのだと思います。。
事実今年はじめに、身体的に重病を発症しました。
その辺からどんどん被害妄想が始まったと思います。
会えば、知人や友人に対してネガティブな発言が増えました。
一緒に話していてもいつもつまらなそうでした。
本当は彼女は人生の大きなピンチを迎えてるのかもしれないですが、
手を差し伸べられない、と思いました。
最後の対応があまりにも人としての誠実さを感じ取れなかったのと、
とにかく私には荷が重すぎました。
「人との繋がりはこういう風に消えるのか」
と、一つ悲しいけれど勉強しました。
冷静に書いているように見えるかもしれませんが、
当時はとても辛かったし、心も大分痛んだし、歪みそうでした。
黒い感情で一杯になった時もあったし、
人付き合いも怖いし、
他人も自分も信じられなくなりそうでした。
でも
「相手がどんな人間であれ、
とにかく自分はどうしたいのか?
どういう風な対応をしたら自分が自分をちゃんと信じていられるか」
常にそう心に思って、自分の言動や考えを決めていきました。
この件に関して、100%満足な対応が出来たか、というとそうではないけれど、
自分としては自分を見失わなかっただけでも、偉かったと、自分に言ってあげてます、、、
ちょっと変かもしれませんが。。。
話は変りますが、本当に病気は怖いですね。
今まで当たり前に出来てたことが出来なくなったら、自分も心をゆがめそうになるかもしれない、
と感じます。
私も最近加齢とともに体の変化を感じてますし。。。
老いていく自分をどう受け止めるか、も大事な人生のテーマなのかな、と感じるようになりました。
生きていく上で不安要素は一杯あります。
というか、考えれば不安要素だらけです。
でも、そういう不安要素に絡め取られてネガティブになり過ぎないようにするのは、
もはや自分でコントロールするしかないと思います。
そして心の不安を生み出してるのは自分自身。
結局は自分自身の問題。
少なくとも私にとっては。
そんなことを強く感じた一年でもありました。
また、今年は
好きでも嫌いでも
家族は家族
という、言葉が身にしみた一年でした。
家族は好きだから一緒に居るとか、
嫌いだから離れるとか、
そんな簡単なもんじゃない、
という意味です。
実はこれは大ヒットドラマの「マルモの掟」で使用されていた言葉です。
たかがドラマ。されどドラマ。。。。この言葉は本当に深いなと思いました。
自分の親や夫、子供、兄弟、夫の家族・・・等とこの言葉を照らし合わせてみると
とても色んなことを感じました。
他人と繋がって「友人になる」・・・という繋がり方と「家族になる」では大きく違うのだと感じます。
結婚して子供が生まれて4年経って強く感じました。
勿論、結婚する以前から私には家族はあった訳だけど、その時にはあまり感じられなかった・・・
子供が居ると人生の捉え方が変わるとは言うけれど、きっとこれもそうなのだろうと思う・・・
結婚して、子を持ち、
家族というものが何なのか、
ようやく分かってきた気がする。
遅いかもしれんけど
そして、話は変わって、
今年は近所の子供に勉強を教えるボランティアを、本格的に始めた年でもありました。
去年や今年の初めは多忙と体調不良により、殆ど参加できませんでしたが、
今年中旬頃から再び参加しています。
子供はオモシロイです。
中学生くらいになると、全く言うことを聞いてくれないし、
「○ね」とか「こ○す」、「き○い」みたいなことを、平気で言ったりしてちょっと怖い時もありますが、
彼らが今何を感じているのか、触れるだけで私としても勉強になりますし、
自分の持ってる知識や知恵が少しでも役に立つのであればそれは嬉しいことです。
教育問題などで色々と問題は抱えている地域に住んでいますが、
不安や不満だけ言ってるのも性に合わないので、
出来ることからやっていけたら、と思います。
話はまたまた変って、なんと、実は、
グランドピアノを今年の10月末に購入しました!!
報告遅くなりました^^;
勿論新品じゃななくて、30年前のヤマハの中古だけど、
セミコンサイズで、とてもタッチが繊細で、オモシロイです!!
私の尊敬する偉人「レオナルド・ダヴィンチ」に因んで
【ダヴィンチ】と命名しましたw
ピアノから「外人」と「男性」のイメージが浮かんだもので
黒いつやつやのボディーでウットリしてます
ピアノとは一生の友達で恋人で家族でありたいと思います!!
ダヴィンチが我が家にやってきてから、私のピアノ道にも変化が起きました。
タッチや音色に前よりこだわるようになりました。
無駄のない動きや力、フォームってなんだろう?
と考えるようになりました。
アップライトの時よりも繊細に反応してくれるので、最初は戸惑ったし
自分の技量の無さにショックを受けましたが、
ここから、またゼロから積み上げていこうとも思いました。
ピアノを弾くことは、孤独で、人生そのもので、
でもやっぱり、幸せなことなのだと思いました。
だからこそ、自分の出来るだけの力を持って、美しく鳴り響かせたいと思います。
そして私自身の人生も
以上、
なんかごちゃごちゃになりましたが、
今年は変化の多い一年でした。
今年を漢字一文字で表すと「転機」、「転園」(息子の)などから「転」かなぁ、と思ったりもしたけれど、
私としては家族というものを再認識し、ピアノ道とボランティアを再スタートしたので
「再」
としたいと思います。
自分の心が再びあるべき姿に戻ったとうい意味でも。
喜怒哀楽、色々あったけれど、充実した一年でした。
本当にありがとうございます。
最後まで読んで下さった方にどうぞ、モーツァルトのハッピーなピアノソナタを
本当に幸せ一杯の曲です
いつか誰かと共演したいなぁ
それでは
来年も、喜びを持って(Mit Freude!)
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