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2017-08-21 [ピアノ@練習]

夢の中で時間旅行してたらしい。
夢の中で過去に居る私は

「信じてあげられなくてごめんなさい!!」

と叫びながら、激流に流されるようにタイムスリップし、意識が現在に戻っていった。
現在に戻ったところで、私も夢から覚めた。

気が付けば泣いていた。
泣きながら目が覚めるなんて初めてだ。
号泣する夢は過去に何度か見たけど、その時だって泣いてはいなかったのに。

これは本当に夢だったのか?
それとも・・・
なんてぼんやりとした頭で思う。

そして、過去の中で信じてやれなかったのは「私自身」だと知る。
幸せなハズなのに、日々起こる些末なアンハッピーな出来事にばかり目を向けてしまい、自ら壊してしまった。
怖がったり、面倒臭がったりばかりしていた。
現実的で即時に結果が得られるものや他人に説明しやすいものを優先してきてしまった。
私は私の人生を信じてやらなかったのだ。
信じる、てのが当時怖かったのだ。

今も「信じる」て凄く怖いのだけど、でもそれでは同じことの繰り返しになってしまう。
些末な出来事に囚われず、大きな流れの中で幸せに向かっていることを信じられるようになりたいし、自分の心の声や直感をもっと大切にしないといけない。

「現実的で簡単な方に流されるんではなく、
そもそも自分が心の奥底で感じてるものに
耳を澄ませる
知る」

「私自身が私を信じることが出来たら
全てが大丈夫になる」

「全てお任せで、抗わず怖がらず、
ただ信じて流れに身を任せる勇気を持つ」

そう強く思った。
自分の人生を歪ませているものがあるとしたら、それは私自身だ。
私は自分を信じる力を持つ。

時間を越えて(多分空間も)受け取った私からのメッセージ
大切にしなければ。

ありがとう
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答えが分かった

答えが分かった、気がする・・・

2つ前の記事で悪夢の話を書いたけど、
どうして私は夢の中で泣いてるのか、なんとなくは分かって居たけど、正確なことは自分でもよく分からなかった。
だけど、さっき分かった・・・気がする。

ブルグミュラーのやさしい花を弾いてて突然色々な昔のことを思い出した。
すっかり忘れて居たことなんだけど、凄く私にとって大事なことだった。
どうして忘れてたんだろう。
覚えてるのが辛かったんだろうか。

思い出した途端、ピアノ弾きながら号泣(笑)
何やってんだ(^^;

あー、そうか、
こういうことが伏線にあって
それで辛かったのか・・・
て、分かって。

そりゃぁ、辛かったよね、私。

て腑に落ちた。
分かったところでどうにも出来ないんだけど(笑)、
私は泣いてる自分の気持ちに少し気付いて上げられたかも。

大好きだよ、私。
大丈夫だよ、私。
だから泣かないで(;_;)
て言いながら、自分も泣いてた(笑)


このブログ、ピアノブログなんだけど最近ピアノのこと全然書いて無かった、、、けど久しぶりにちょっとピアノ登場↑(^∇^;)
良かった良かった(>_<)

普通の女の子に戻ります

最近内観が続いてたので、ちょっと疲れてる。
自分を見つめるって勇気がいる。
自分はもっと強くなってると思ってたけど
思ったよりも深いレベルでトラウマ的なものから解放されてないことに気付いたし。

「あーーーー、もっとすっきり生きてぇ!」

て思っても、メソメソしてたり(笑)

もう、なんで自分の心の中をもう一度見つめなおす、みたいなことやっちゃんたんだろー?!
必要じゃない感情や辛い記憶なんて、横においておけば良いのに。
せっかく、それまではイイ感じでいってたのに。
後悔だわ。
こんな私、嫌だわーーー!!

て感じの日々が続いてた。
でも、心の中で「次のステップに行くために必要なことだったんだ!」て必死で言い聞かせてた。

私の心の中ってどうしてこんなにいつも忙しいのか(笑)


とりあえず、明日には自分を見つめなおすの終わらせようと思ってる。
そう、明日には。

今は手塚治虫の「火の鳥」を読んでて、もうあと2巻で終わる。
これが読み終わったら、自分の内側を見つめるのは終わり。
「火の鳥を読むのと自分を内観するのにどんな関係が?!」と言われるかもしれないけど、
【ただなんとなく関係がある気がする】としか言えない(笑)

実は私の中で、
「自分はどこからきて、
 なんのために産まれて
 どこへ向かっていくのか」
という壮大な疑問があって。
しかも、そんな考えても仕方がなさそうな(答えなんてあるのか)ていうところと
ガチに向かい合ってるっていう状況。

いい大人が
 暇人か?!
 中二病か?!
と言われる可能性大ですが、でもそういうテーマとガチで向かい合ってる私。

その答えを出すため、いろんなところへ行き、人に会い、答えを導こうとしている、
直観に従って。
もともと本を読んだりするのがあまり好きではなく、
本の知識は自分の感性を弱らせそうで避けてるけど、「火の鳥」は別。
なんだか読む必要があると感じて読んでる。

そう、全てのことを直観に従ってやってる。
時々頭の中で「こんなことやって何の意味が?無駄じゃない?」とは思うこともあるんだけど
とりあえずやってみる、行ってみる、会ってみる、な日々。

なんとなく、現時点で見えてきたことで確実に言えるのは

 女なんだからとにかく子宮を大切に

という、「えぇ?!何それ」とずっこけられそうなことに、気付いたってこと。
でも、マジなんです。
男性にとっては興味のない話になるかもしれないけれど、
「子宮が弱ると女は弱る」
っていうのをしみじみと感じることがあって。

私は女性であることをうまく受け入れられずに大人になってしまったけれど
女性として生まれたからには、もっと女性であることを受け入れて行かなきゃいけないという
当たり前のことにやっと気付けた。
それが最近。
そのためには絶対的に子宮を大切にしないといけないな、て。

この世界は男性優位に出来ていて、男性性のシステム上で成り立っている。
男女平等とか言ってるけれど、そもそも社会システムが男性的なので、
その上で女性が男性的に振舞って無理して頑張ってるだけのことなんだ、ということに気づいた。
もちろん、女性の中でも男性性が強い人も居るのでそういう人は今の社会システムの方が強く生きられるんだろうけど、私は違うな、て改めて感じてる。

私は多分、自分の中の「女性性」の部分がかなり社会に無理して合わせてる。
合わせないと生きていけないと思ってたから。
だから、「努力」とか「自己実現」とかそういうことをしないといけないような気がして無理やりがんばってたところがある。頑張ってることは美徳だし。。。
でもそもそも自分の女性性が男性性の強い社会システムと合っていないわけだから、
その頑張りは、本来の自分を否定してることにもつながってる、て気付いたし、
そういうとき、一番負担を負っていたのは紛れもなく子宮だったことに気づいた。

と、ここまで書いておきながら
「じゃぁ、女性性て何なの?男性性てどういう意味?」
て聞かれるかもしれないけど、うまく言えない。定義が難しい。

男性性は合理、競争、達成、物質的、という感じがするけれど、
女性性て直観的で・・・?あとは何??
女性性をうまく表現することはとても難しい。
今日、なんとなく思ったのは「献身、自己犠牲、愛」などが当てはまるんじゃないのかと。。。
でも、その答えも完璧じゃないな。。。要検討だわ。

もちろん、私の中に女性性しかないわけではなくて、男性性もあるとは思うけれど、
私は多分、本質的に女性性の方が強いのだと思う。
それなのに、無理して男性性を優位にして社会で生きている。
当然、かなり負担を強いている。

だから、最近は子宮のケアをしている。
月に何度かよもぎ蒸しに入ったり、生理の時は無理をしない、とか。

不思議なんだけど、そういうことをしてるとね、
直観力が優れてくるのです。
嘘みたいな話だけど、本当のことで。
例えば、人の発した言葉が回転して見えるとか、そういう不思議なことが起こってます。
こういうこと言えば「キモッ!」「絶対それやばい宗教にハマってるでしょ」て言われそうだし、
かつての私も逆の立場ならそう思ってたけど、でもね、本当に受け入れたら
色んな事が分かるようになってきて。

今までどれほど物質社会で論理や理屈を大事に生きて来すぎたのか、思い知らされる。
知識や論理なんてなくても越えられる力をもって生まれてきていたことに気づかされる。
そういう日々です。

多分、感覚的過ぎて理解してもらえにくい話でしょうが。。。
ちなみに、私スピリチュアルとかよく分かりません。そっち系の知識はほとんどございませんので。。。
知識は直観を鈍らせるので敢えて入れません。
ただ、最近惹かれるように神社には行きます。
もちろん、行ってみて「外れだな」と思う神社もありますが、たいてい直観で行ったところは当たりです。
意味があって、そのタイミングでその場所に行っているんだと思い知らされます。

・・・

あー、気持ち悪いね、私。

分かってるのよ。
でも、マジだからしょうがない。
ずっと受け入れたくなかったんだけど。
そろそろ受け入れよう。

手塚先生も、火の鳥描きながら「何かが見えてたのかな?」て思うことあります。
あれは「考えた」だけでは書けないストーリーです。
多分、何か見えてたんだ、と。

ちなみに、これ書きながらクスリとかやってないですから!(笑)

そんな日々です(どんなん日々や)。

とりあえず、明日からは普通の女の子に戻ります。しばらくはね(>∇<)

さっきまで寝てたけど、その時見た夢で目が覚める。
夢、ていうか、
「受け入れられない現実をリピートで夢の中でも再生しちゃう系」のヤツ。
悪夢。。。
この夢、実は何回も見てる(>_<)
ある意味、リアルの傷を何回もえぐっちゃうから余計タチ悪いし(笑)

正確に言えば、
表面的には理解してるし、受け入れてることを夢で再生してしまう。
こうやって夢に出てくる、てことは深層心理ではうまく受け入れられてないんだろうな。
いつも大声をあげながら子供のように泣いてる、夢の中で。

この傷はいつになったら癒えるのか。
てか、受け入れられないってどうかししてるし!

「しゃあないやん~
現実は(あなたの望んだものとは)違うし
そういうこともあるさ~
受け入れて、前向きに行こうぜ~」

て話しかけてやってはいるけど、傷は深く、いつまでも心の奥に何かが刺さってる感じ。
少なくとも5年は経過してるんだけどなぁ。もっとか?
大丈夫か、私(^^;

でも、
そういう弱さが私にある、て受け入れるのが私には必要てことよな、
受け入れてからが大事なんやけど。

どうやったら癒える?
どうやったら自分自身を、
許せる??
「悲しいよ」 「辛いよ」「寂しいよ」
て夢で泣きながら目が覚めるのは、誰でもあるものなの?

自分の中の無邪気な自分が悲鳴上げてるのが分かる。
可哀想な私。
どうやったら助けてあげられるだろか。
現実はもう変えられないから、せめてあの子を助ける方法が知りたい。。。
大丈夫よ、て。

出家も辞さない構え

あああぁぁぁぁ・・・
もうぅぅぅ・・・

男ってやつは!!

て1日だったな。

もう、色々めんどくさいし、
分かりやすく出家しようかな、
て思った(笑)

第0の人生

最近、
自分が何者で、
どこから来て、
何を成さなければいけないのか、
そういうテーマに沿って動いています。
てか、動かされてます。

自分は何かお役目を持ってこの世に生を
受けているようです。

若い頃はそれが受け入れられませんでした。
というのも、
悲しいけれど、
大切だと思える人と出会っても、
その人との関わりが
「私のお役目」と関係なければ
終わりが来るのを知っていたからです。
死別・離別、
私の人生には人との別れがあまりにもクッキリと
そして沢山あって、身を引き裂かれそうな思いも
沢山しました。

また、自分の人生の展開も
ある程度読めてしまっていました。
不思議なんですが。

最初から決まっている人生を
答え合わせのように生きているのが
辛かった。
多分、この感覚は、他人には分かって貰えないだろうな。

でも、もっとも知りたいこと
「お役目」
だけは、何かのか分からなかった。
何のために生かされているのか、
その、枝葉ではなくて、
幹の部分だけがハッキリ分からないのが
とてもしんどかった。

でも、最近、
ようやく、何故自分が存在しているのか、
分かってきた気がする。
うすうす感じていたことが、
少しずつ言葉化されてきた。
この修行の様な人生が何なのか、
少し分かってきた。

今年の6月下旬から
激流のように見えない力に押し流され、
別なステージに移動してきた気がする。

第一の人生、
第二の人生を全うし、
第0(ゼロ)の人生に戻す感じ。

魂的に余計なものを脱ぎ捨てて、
元々の自分が持っているお役目を果たす時が来た、て感じ。

第一と第二の人生は
なんとか合格?を貰って
次に進むのを許された感じ。

でもまだ足りないパーツはある。
でもでも、この流れにそって行けば良いのだと思う。
抗わず、感性を高めて。

その流れに乗る覚悟がやっとできた(笑)

置いていくもの、
持っていくもの、
きっとこの流れの中で自然と決まるはず。
だけど、どうしても持って行きたいと思ったものは、
自分の意思で持っていく。

これくらいは好きにしても良いよね?
これから起こることを受け入れるから。

昨日の追記です

昨日書いた記事、
書いてるうちに寝落ちしたので追記(笑)

フィリピン逃亡(名目は子供語学留学?みたいな^^;)に至るまでの自分について簡単に説明。

当時、本当に何もかも嫌になっていた。
まず、繊細過ぎる息子の取り扱いにずいぶん苦しんでいた。
いわゆる多動の子供で、
日常的な集団生活がうまく送れないし、
私に対する執着が激しく、従順さが無く、時に暴力的だった。
その息子をうちの両親(特に父)は受け入れられなかったようで、
ある日酒に酔った勢いで
「こんな子は可愛くない。
 将来犯罪を犯す。
 うちに連れてくるな」
と私に当たり散らした。
その時私は、重度の腰痛を抱えていて毎日2時間しか寝れない生活が2,3か月続いており、
満身創痍だったので父の暴言はトドメとなり、心が折れた。
暴言を吐く父を横目にしながら、母がかばうでもなく、あとからフォローするでもなく、
完全にスルーだったことが、より悲しかった。

それまで父に酔った勢いで暴言を吐かれたことは何度もあり、
そのたびに耐えていたし、ぐっとこらえていたけれど、
その時の私はとてもそれが出来る状態でなく、心が折れてしまい鬱病になってしまった。

寝ることが恐怖になり、睡眠時間が0時間になってしまった。
その時産まれたばかりの娘と6歳になる息子を抱えていたけれど、
とても普通の生活が出来る状態でないところまで追い込まれた。
それでも、自分が鬱病を発生したことは当初、親には心配かけるからと思って黙っていた
(今思えば健気すぎる・・・)。
しかし、鬱病の薬を飲んでいるせいで「娘におっぱいがあげられない」という事実に直面した時、
自分の中で、これまで貯めていた親への積年の怒りが爆発した。
「なぜ私ばかりがこんな目に合わなければいけないのか?
 私はあんたらのごみ箱か!」
と。
親には今まで言えなかった怒りを書き連ねたメールを送り、
「ずっと、私はあなたたち家族の中で要らない存在だと感じていました。
 だから、高校卒業したと同時に家を出たのです。就職も実家から離れたところでしました。
 お姉ちゃんと(父と母と)3人で家族なのだから、私のことはもう忘れて下さい。」
という内容のものを送り実家とは絶縁した。
今でもあの時のことを思い出すと悲しくて涙が出る・・・
だけど、余談だけど、両親に長年我慢していた怒りをぶつけて絶縁したことは、正直ホッとしていた。
「もう(父の暴言に)耐えなくて良いんや」て思ってからだと思う。

さて、長年、苦しんでいた実家とは縁をきり、
自分たち家族(夫と子供たち)で力を合わせて生きていく・・・というシナリオだったら
どんなに幸せやっただろう。
残念ながら夫とは心が通じる仲ではなかった。
当時、長男が生まれたころよりは大分マシな関係にはなっていたけれど、
重度の腰痛を発生し、さらに鬱病のおまけまでついてる私に
寄り添ってくれるような人では無かったので、
心の支えにはならなかった。
ただ、救い?なのか、当時の私は本当に「生きてることだけで精一杯」だったので
夫が精神的よりどころになるとかならないとか、そんなこと考える余裕も無かった。
命を保つだけで精一杯。

必死で治療院や病院を渡り歩き、見放され、
下手なところでは悪化させられ治療費だけとられ、
治療方法もみつからず、
24時間襲ってくる慢性的な痛みと、
睡眠時に襲ってくる激痛で不安な毎日。
痛み止めも効かない。
この状態が続いていたら気が狂って、多分遅かれ早かれ自殺してたと思う。

その状態から1カ月たったころ、転機がおとずれる。
治して下さる治療院に出会ったからである。
今思えば、本当に運が良かったと思う。
その治療院でも手探りではあったし数か月要したけれど、
酷い状態から徐々に回復し、なんとか6時間くらいは寝れるまで回復した。
時同じくして、うつ病の薬を飲まなくて生きていられるまで回復した。

徐々に元気を取り戻してきた。
けれどそれと同時にこれまで目についていたけれど体が辛すぎて
気に留めていなかったことで、不満だったことや悲しかったことが一気にこみあげてきた。
実両親のこと、息子のこと、夫のこと。
本当に色々と。

どうして自分の人生はこんなクソみたいなのか。
誰も自分を愛してない。
そればかりか、自分も愛してない。
若いころは「もう嫌だ」とふさぎたくなるぐらい落ち込むことはあっても
「まだ結婚もしてないし、子供もいないし、
 何も経験しないまま死ぬのは嫌」
てどこかしら自分の未来に希望をもってやってこられたけど、
結婚もし、子供も生まれたけれど、結局
「誰からも大切に思われていない」
ということがよくわかったので、なんだかもう人生つんでるし、
辛いばかりの人生に嫌気がさしてきた。

でも、生まれたばかりの娘だけが希望だったかも。
この子は私が腰痛で悲鳴を上げてたころ、
本当によく寝てくれ、いつもニコニコで居てくれた。
泣いて私を困らせることも殆どなかった。
おっぱいをあげられなかったことが本当に申し訳なかったと思うけれど、
娘は本当に当時希望だったと思う。
娘が居たから生きてこれたと言っても過言じゃないな。
(そんな娘は若干4歳だけど今でも私の心に寄り添ってくれる人です)

そんなササクレた気持ちと、
娘のためにも頑張らなければという気持ち両方持ちながら、
なんとか、生きてた当時。
残念ながら少しずつだけど夫によるモラハラがまた再燃してきた。

そう、実は上の子を妊娠した6年ほど前、夫は「優しい夫」から「モラハラ夫」に豹変したという過去がある。
モラハラの詳細は割愛するけれど、それは本当に辛かったので私は離婚したいと本気で思っていた。
ただ当時の私は「無職」「頼りにならない実家」という状況で、夫からはすぐに逃げられない状況だったし、夫からも「自分から逃げられない」と見透かされている様子だった。
だから、必死でそれこそ死に物狂いで育児と家事をこなしながら
勉強して保育士の資格を取得したり、英語の勉強をしたりした。
そうしているうちに、夫は少し焦ってきたみたいで、態度を軟化してきた。
夫が「私や子供たちと離れて暮らす覚悟がない」「家族一緒に居たい」という思いが強いのがよく分かったので、そこからはその夫の弱みを利用して、自分の意思を主張しそれまで得られなかった権利も獲得出来るようになった。
(最初に↑でフィリピン逃亡したと書いたので、疑われるかもしれないけれど
 当初は本当に色んな権利が無かった。)
また夫は「二人目も欲しい」という強い希望があったので、
「あなたが私に優しくしてくれないうちは絶対に要らない」と言い続けた。
そうやって3年以上経つうち、夫は徐々に態度が軟化し、前ほど暴言を吐いたり怒鳴ったりがなくなってきた。(だから上の子と下の子は5年も年が離れている)
こうやって書くと、とても戦略的に動いた嫁のように見えるかもしれないけれど、
最初のうちは悲しくて毎日ただただ泣いていた。
でも泣いてても仕方なくて、誰も助けてくれるわけではなかったし、
私にとっては生きるか死ぬか尊厳が掛かった戦いのようなものだったので、
本当に毎日必死で戦ってきたと思う。

で、モラハラが収まりかかってたのに、娘が産まれて旦那に心に余裕が出来たのか
また夫のモラハラが酷くなってきた。

「あぁ、この人は【離婚される】という緊張感が無いと
 優しくはしてくれない人なんだな」

と、つくづく感じた。分かってはいたんだけど。
自分にとって利害が無いと心を傾けない、
「性根の優しくない人」だという認識をしてる。

とにかく、娘が産まれて私の腰痛が少し落ち着いたころ、
またもやモラハラ夫に戻ってしまった夫。
数年前の悪夢を思い出す。デジャヴだ。。。

そんな感じで、前置きがとにかく長くなったけど、
日本に居るのが嫌になってしまって、
それこそ、死に場所を探すじゃないけど、
どっかに行ってしまいたい、て思いで子供二人を連れてフィリピンへ旅立つことにした私。
そのころ娘はまだ1歳11カ月。今から思うと無茶苦茶(笑)
フィリピンで受け入れて下さった方(恩人)も私の相当な覚悟を感じたと
当時を振り返って語っている^^;

で、フィリピンに旅立ってから帰国すると、夫が優しくなっていた(笑)
おりしも、その当時は高橋ジョージがモラハラで三船美佳に三下り半を突き付けられた、てニュースが
ずーっとTVで流されてた時期でもあったので日本で一人待っている旦那的には
「離婚された時のシミレーション」というか、「こんなに寂しいものなのか」ていうのを
経験してたっぽい。
それから「自分のやってることがモラハラかも?」とようやく気付いたっぽい。
もともと人の意見なんて全然聞かない人だけど、この時ばかりは何か感じるものがあったようだ。

それに味をしめた私。
それから半年に1回、フィリピンに旅立つという暴走を3回も繰り返した。
夫はそれはそれは優しくなってきた。
本当に分かりやすい人である。。。

しかし、今年に入ってからまだ一度もフィリピンに行っていないし、今のところ年内に行く予定もない。
またまた、夫は暴言・恫喝をするモラハラ夫に戻ってきた。  ←今ここ


・・・・・


ごめん、やっぱ無理。この人は愛せんわ。。。
「魂が嫌い」や。

それが現時点での私の正直な思い。
ただ、離婚をすぐしようとかそうは思ってない。
でも、夫がしたいというならすぐにでもしようという心の準備はある。

気が付けば状況的には初めてフィリピン行く3年前と同じような状況に戻ってる。
だけど、私の気持ちは大きく違ってる。

結局「愛」は獲得できんかったし、これからも出来ないんだろうけど、
昔みたいに愛されたいとか、大事にされてないのが悲しいとか思わなくなった。
渇望みたいなのがスッパリなくなった。
寧ろ愛されたいのは夫なんだろうと思う。嫌いだけど(笑)


 愛は無くても、私の中にあるから
 探しに行かなくても良いし、
 他人から愛されないことは悲しいことでも何でもない
 愛は他人から貰えなくても、与えることは出来る

て分かったら、人生のテーマが「愛されること」でなくなった。
私自身が「愛」そのものになってしまったんだから、
愛されようとすること自体が無意味行為になった。

はい、言ってること伝わらないかもしれないけど、そうなんです。そうとしか言いようがない。

これはものすごい気付きだった。

 あんなに渇望してたのに。
 あんなに辛かったのに。
 あんなに苦しかったのに。
 今はこんなに満たされてる。状況は変わってないのに。

「人生のテーマ:愛を得ること」から解放されて今は本当に心から幸せだな、て感じてる。

うまく伝わるように書けてる自信ないけれど、これが私の嘘偽りのない気持ち。

そして、同時期に他にも色んな概念から解放され、気付きがあった。

 直観を信じてきて良かった。
 自分に正直に生きてきて良かった。
 今まで自分に課された課題から目をそらさず生きてきて良かった。
 女として生まれて良かった。

そんな風に魂が叫んでるのが分かる。

実はそのことに気付くきっかけを与えてくれた友達が居る。
彼女からそんな私の変化に対して

 「それは意識が(別な次元に)移動したんだよ」

という粋なお言葉頂きました(笑)
そんな彼女も同じ時期に同じテーマで同じような気付きがあったそうで、二人で喜びあいました。
なんかうれしいな♡

ここに至るまで、彼女にも私にも
人生における過酷なレッスンが沢山あったけれど、
これからはどうなるんだろう。
そろそろ神様は許してくれないかな。
これからは良いことが沢山起こって欲しいよ。

そのためには、これからも直観に大事に生きたいな、て思う。
自分を一杯愛して、
感性を磨いて、
自分に正直に。

とっちらかってるけど、今の頭の中

高名な神主(男性)さんから聞いた話。

ーーーーーーー
女性は色んな感情・行動の根源が「愛」。
その感情表現のアウトプットが怒りや憎しみに満ちていても、
その行動の根源は愛(愛されたいとか、愛が足りないとか)だったりする。

でも男性は違う。
男性の行動の根源は「愛」ではないと。

そこに男性と女性の大きな違いがあると

ーーーーーーー

それが本当かどうかは分からないけれど、
私的に腑に落ちる部分は沢山あった。

とはいえ、私にはゲイの友達も居て、男性同士の関係での愛のはぐくみもあるだろうことも
なんとなく知ってるので、昨今事情はちょっと違うのかもしれない。
でも、確かに、少なくとも自分の行動を思い返せば、
人生の中心に「愛」を置いていたと思う。

昔は、それこそここ数か月前までは
「愛し愛されたい」
「大事にされたい」
と強く思っていたし、望んでいた。
満たされることは殆どなかったけれど。

それこそ、もうすぐ私は40歳になるわけだけど、
40年来、ずーーーっと、渇望していた訳で。

でも、不思議なんだけど、その強い願望がサーって波のように引いていったのが最近。
それは「諦めた」とかそういうことじゃなくって、

 私の行動の根源となっている「愛」を
 自分自身に注ぐ

という、シンプルな意識の転換が出来るようになったから。

「なんじゃそりゃ」

て思われるかもしれないけれど(笑)、
簡単に言えば、

 自分自身を愛す

てことが、出来るようになった、てこと。

これって、言葉では簡単だけど、実はかなり難しいことだ。
実際、昔から何度も「自分を愛してあげる」て言葉は聞いたことはあったけれど、
実行の仕方、意識の振り向け方が分からない、
実行不可能な秘儀、みたいなもんだった、オーバーだけど(笑)

 無理でしょ

て思ってたけど、なんかね、最近急に出来るようになったのです。

神主さんの言葉には続きがあって、

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

女性は「愛」を持っている生き物だけれど、
男性には「愛」が無い。似たようなものはあるけれど、愛ではない。

だから、男性は愛を感じようとすると女性から学ぶしかない。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

なるほどーーーー。
かなり乱暴に聞こえるけれど、ここまで言い切ってくれてなんか笑えるw
10年以上、旦那と生活してきて結局感じたことと近かったので(笑)

で、ふと

 女性は愛をもともと持っているなら、セルフで自分自身を愛で満たしたらええんやん
 女性から得るしかない男性よりは簡単だ。

て急に腹落ちした。
いや、自分でも何言ってるのか分からんのだけど、
何十年も空いてたパズルのピースが「スコーン」とハマった腹落ち感。
そこからは、愛されたいとか、愛を探す必要も無くなった感じ。

 愛はあたし自身が持ってるから探しに行く必要も欲しがる必要も無いんだ
 なーんだ、灯台もと暗し~

て感じで。

そっから、何十年と抱えた渇望感がうそみたいになくなって、本当に幸せになってしまった。

でも、そう思うには、一緒にその話を共有したお友達の存在は大きかった。
その話を彼女と共有することで、より強く刻まれた感じ。
そして、彼女からも「愛」を感じるし、
もちろん私も彼女を愛しているし。
愛のエネルギー交換をしたから、満たされてしまったのかもしれない。
(レズではないし、変な宗教でもないよ(笑))



実は、満たされない部分を埋めるため、
昨年、一昨年の2年間で4回(述べ2カ月)もフィリピンに滞在していた。
日本が嫌になってしまってどこかへ消えてしまいたかったんだと思う。
逃げるように、国外脱出した私だけれど、
そこでは素晴らしい出会いがあり、
私にとって、かけがえのない場所になった。
そこからは加速度的に自分自身も世界も変わりつつある。

私にとってフィリピンは無くてはならない場所になったけれど、
でも、その時期も終わりつつあって、
日本で自分らしく強く生きていく(国外に逃げなくても)方向性が見えてきた。
ここからは日本で腰を据えて生きていこうと思う
今はそういう気分

今、そして、これから

子供を見てて気付いた。

眠りたいときに眠り、
食べたいものを食べたい時に食べ、
行きたい場所に行き、
会いたい人に会い、
愛したい人を何の制約も無く愛す

自堕落で破滅的に聞こえるけれど、
それが魂の欲求だ、て。

でも、
肉体が有り、
空間と時間という制約があるから、
それは出来ない。

色々不自由。
それが私たち。

いや、でも、最近ね
ものすごい早さで色んなことが変化してきているのを感じてて、
色んな制約がなくなってきたような気がする。
制約て結局、自分が自分に勝手にしてることだから。
本当はいつでも自由なれるから。
ただ、それには覚悟がいるけれど。
でも難しいことじゃない。
自分に正直でいる覚悟、それだけ。
シンプルなもの。

最近は知識や経験よりも
感性を大事にしてる。
何かを積み上げて考えたり、
先に起こる不確実な不安をなるべく考えたりしないようにしてる。

その一瞬で「ワタシ」が何を感じるかが大事。
正解、
不正解を
ジャッジしない。
あるがまま。

嫌なら嫌、
好きなら好き、
気が乗らないならやらない、
心が踊るのなら進んじゃう、
それで良いと思う。

肉体が滅びるまで
思う存分、
味わい尽くす。
そういう風に生きちゃいますよ?(笑)

1年ぶり日記(^^; [ピアノ@練習]

前回から1年んも更新してない・・・
この日記を見てる人は果たしているのか分からないけれど、
嬉しいことがあったので日記に記します。


私は去年の4月に子供を産んでから、本当にピアノを弾く機会がなくなってしまいました。
子育てそのものが大変なのもありますが、腰痛がまだ治ってないからというのも大きいです。
寝ている時に起きる腰痛で、連続6時間寝れたら良い方。
治療院にも週2回通ってる状態。
なので、思い切って人生設計をする余裕はありません。
ピアノも1か月に2回ほど触れたら良い方・・・(T_T)

少しずつ自分の世界が狭くなり、色んな意味での可能性も減っているのを感じる今日この頃。。。
とりあえず気を強く持ってますが、やはりしんどい日もあります。

そんな中、子供を連れて児童施設に遊びに行くことがあります。
そこではなんと自由に弾けるピアノがあります。
数年前から時々使わせてもらってましたが、去年くらいから施設の管理人さんが変わりました。
この方がとても私のピアノを気に入ってくださっています。
50代くらいの女性ですが、ピアノやクラシックが好きで、ご自分では演奏できないそうですが
CDなどはよく聞かれるそうです。

年が大分離れていますが、ここ数か月間、時々お会いするうちに打ち解けてきて
なんと友達になりました(笑)

この方からいただいたメールが本当にありがたくて記録したいと思います。

=====Hさんからのメッセージ======

初めて、ぱえさんのピアノを聴かせて頂いたとき、ドキドキしました。
それで、おばさんパワーを発揮して、お話させていただくことになったのです。
やっぱり、表現力なのだろと思うのですが、いつ聴いても、素敵なドキドキです。

今は、子供さんたちに時間もパワーも注ぐ時期だから、練習もなかなか出来ないので、
心も波立つこともあるでしょうが、子供から得られるパワーは無限大です。

今、失われているように思える時間は、何倍にもなって帰って来ると思います。
貴女には、時間を越えても褪せない、素敵な感性があるように、私は思います。
貴女が舞台に立つ日に、花束を持って、聴きにいきます!
約束です。

また是非、練習しにきて下さい!お待ちしています

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ハッキリ言って、実力不足な私にとっては余りあるお言葉ですが、
このような形で誰かの心に響く演奏が出来たことは本当に私にとっても喜びです。
泣きそう。。。!


てことで、本当に練習不足の日は続きますがいつかピアノを練習できる日を夢見て
心の中では情熱の火を燃やし続けたいと思います。
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